見出し画像

★『雪の女王─七つの話からできている物語』

何年か前に、ディズニー映画のアニメ『アナと雪の女王』が大ヒットしましたが、この絵本はそのお話とは全く別の物語です。

『雪の女王──七つの話からできている物語』

私の所持している版は2005年版ですが、もしかしたら品切れになっていて、古書でしか手に入らないかもしれません。もし図書館などで見かけられたら、ぜひ手にとっていただければと思います。

この絵本は子どもたちと一緒に読むには、一見、長いお話のように思えます。しかし、全部で七つの物語から成るこの物語は、それぞれ別の物語ではなく、一貫したストーリーのある、一つの物語なので、案外、量の割には飽きることなく、一気に読んでしまえるかもしれません。

お子さんに読んであげるのも、物語の表面上のエピソードとしては、どちらかというと地味なものに思われるかもしれませんが、心の深いところに落ちるお話なので、読み終わった後に長く余韻の残る作品です。七つのお話を一晩に一つづつ、お休み前に読んであげるのもよいでしょう。

この物語は、あらすじとして語れば、ごくシンプルなストーリーです。
貧しく、屋根裏に住む二つの家族の二人の子ども、一人はカイという男の子、もう一人はゲルダという女の子が、この物語の主人公です。

物語は、悪魔が人に、ものの悪いところばかりを見せる鏡を作り、あるときそれが粉々になって、世界中にそのかけらがばらまかれたところから始まります。そして、そのかけらが人の身体に入ると、その人は人の悪いところ、ものの醜いところばかりが見えてしまう、という恐ろしいことになるのです。

ある日カイの心臓と目に、そのかけらが入り、仲良しのゲルダにも、心無い言葉を口にし、やがてカイの前に現れた「雪の女王」に誘われて、雪の世界へと去ってしまいます。
カイがいなくなってゲルダは悲しみますが、カイがまだ生きていることを信じて、一人、町を後にし、カイを探すために旅立つのです。

このようなストーリーは、多くの昔話で語られてきた、「行きて帰りし物語」の典型です。そしてこのストーリーだけ聞くと、波乱万丈──次々に襲いかかる敵と苦難を切り抜けて、やがておとずれるハッピーエンド…というお決まりのパターンが想像されるかもしれません。

しかし、アンデルセンの『雪の女王』の物語は、そんな予定調和な感動を提供して終わる物語ではありません。それはこの物語の「ハッピーエンド」がこのお話を読む子どもたちに人間のなかにあるなにか良きもの、信じるに値する力の存在を感じさせてくれるクロージングだからだと思います。

それは勧善懲悪といった分かりやすい図式ではありません。(子どもの読む物語には、ときには勧善懲悪も必要かもしれませんが)たしかに物語のなかには、童話によくある小さな奇跡や偶然が出てきて、それが主人公たちの助けになる部分もあるのですが、それは私たちの日常に起きうる偶然の頻度や内実とさしてかわりありません。

決して、ご都合主義の「ありえなさ」として描かれてはいないのです。
ゲルダがカイを見つけ、二人が生きるべき人間の世界に連れ戻そうとしたとき、そんなゲルダについて語った、フィン人のおばさんの言葉がそれを象徴しています。

「あの子は、力なんてものを、わたしから教えてもらうことはない。
 その力は、あの子の心の中に、ちゃんとある。あの子が愛らしい罪のない    子だというのが、りっぱな力なのさ」(本文p76)

『雪の女王』

ゲルダの中にある力とは、おそらくすべての人の中にありうる力、
誰かを心から純粋に大切に思う気持ち。

そして困難な道であっても、他者への愛に動かされた自分の気持ちに
つき動かされ、行動したからこそ乗り越えられた苦難であり、引き寄せた奇跡だということなのでしょう。

そしてこんな風に解説すると、教訓じみた、あまりよくない意味での楽天的な物語のように思われるかもしれませんが、そんな感じにならないのが、作者・アンデルセンのすごいところだと思います。

七つの物語を通して、ゲルダはカイを探す旅をするのですが、そこには、幸運な出会いや偶然、奇跡と呼んでもよい出来事も含まれていますが、同時に、失意や失敗、試練や苦難も描かれています。

ゲルダがカイを見つけるまでの旅の中の出来事の紆余曲折、そして個々の出来事や、出会う人・動物のキャラクターがいわゆる現実に起こりうることではなくても、物語の目指す最終地点をゲルダとともに読者はしっかりと見失うことなく、共に旅していけるのです。

アンデルセンが描く童話的現実が、架空の物語であることを、たとえ子どもであっても読者は承知していながら、それでもゲルダとともに旅を終えたときに抱く気持ちは、確実にリアルな実感であり、それは満たされた安心感と呼べるものになるでしょう。


作者アンデルセンは、決して幸運に恵まれた人生を送ったのではなかったと記憶しています。

そんなアンデルセンが、どうしてこのように人間の中にある強い力、愛としか呼べない、相手を良きものと信じる力を肯定的に描くことができたのか、
あらためてそのことについて考えてみたいと思いました。

アンデルセンがこの物語で描いている、他者を信じ大切に思う気持ち、それは特に子どもたちに、一番語り継いでいきたいことかもしれません。
今もこれからも、それは少し難しいことかもしれませんが。

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,766件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?