夢日記 耳のなか

 目が覚めたーーそんな気がした。しかし、なにか変だった。体がまったく動かせないのだ。そもそも体の感覚そのものが、すっぽりと抜け落ちてしまったかのように、きれいに無くなっていた。視界は暗く、どこまでも深かった。もしかすると、一生このまま、身じろぎひとつできず、声も出せず、誰にも気づかれることなく、ひっそりと息絶えてしまうのだろうかと思うと、泣きたい気持ちになるのだが、涙すら出てこず、余計に悲しくなった。

 とつぜん、紙袋を握りつぶしたような音がした。驚いたことに、それは耳の中から聞こえてきた。ひょっとすると、耳のなかに虫がいるのではという、不吉な考えが頭をよぎる。またあの音が聞こえてきた。そいつはこちらを挑発するように、動いたかと思うと止まり、また動きす。じれったいやつだった。

 確かどこかで、虫が耳のなかに入りこんでしまうことは珍しいことではないと聞いたことがあるような……ゴキブリ、クモ、ハエ、それとも名前も知らない小さな虫……想像すればするほど、不安の粒が皮膚の上を這いまわり、恐怖の針が目の奥をつきさした。それでも体を動かすことはできなかった。

 そのうち、もはやそいつがどんな生き物であるか、どうでもよくなっていた。最初は、「出ていけ!」と心のなかで息まいていたものの、次第に「出ていってください……」と懇願するようになり、最後には「お願いします……どうか、お許しください……」と屈服してしまう。それでもそいつはすまし顔で、ぼくの耳のなかを這いずりまわっていた。ぼくの頭のなかは真っ白になって、ついに、なにも考えられなくなってしまった。

 しかしとつぜん、なぜか体が動くようになった。ぼくは急いで右耳のなかにいるそいつを手で掴み、勢いよく引っこ抜いてやる。すると、「ブチッ」と太い糸がちぎれたような音がした。その音に違和感を感じ、心臓がきゅっと締め付けられる。いったい、こいつはなんなんだろう……?

 おそるおそる上体を起こし、右手に握りしめたそいつを見た。カエルの足だった。筋肉質な二本の足が、ぴくぴくと微かに痙攣している。虫だと思っていたものがカエルだった。想像していたものと、あまりにもかけ離れ過ぎていた。

 なぜカエルなのだ……カエルがどうやって耳の中に……この大きさの足なら、おそらくウシガエルほどの大きさはあるだろう。いったいどうやって耳のなかに……いや、そもそも本体はどこにいってしまったのだ……

 と考えていると、目が覚めた。その瞬間、夢であったことがわかった。安心して、口角がにゅっと引きあがる。それにしても、どうして覚める直前までいつも夢だと気づけないのだろう。とりあえず今何時であるのかを確認しようと、スマホを探していると、やっぱりまだなにか変だと思った。まだ右耳に違和感が残っているのだ。

 怖くなって、右耳をおそるおそる触ってみた。何もない。何もないのに、何かが残っているような感覚がある。もしかすると、本物の虫が本当に入り込んでいたのではないだろうか?急いで周りを見渡し、虫がいないかどうか血眼になって探し回ったが、それらしい姿はなかった。右耳に残っていた違和感も、残響音のように、次第に消えていった。急に怖くなって、ぺたぺたと自分の顔や体を、てのひらで触り、ここが現実であることを確認する。今まで見た夢のなかで、いちばん怖い夢だと思った。

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