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塔の上の誰か

 今更ながらディズニー映画の「塔の上のラプンツェル」を初めて見ました。(新しめの作品だと思っていたのに2010年とは…)今更ですが記事中にネタバレあります。いちおう書いておきます。

 閉じ込められて外の世界を知らない少女ラプンツェル、その彼女の髪の毛が持つ魔法の力で若さを保つ母ゴーテル、二人の危うい距離感の親子関係。そしてある日ラプンツェルが外の世界の男性ユージーンと出会い、自由になるまでを描く物語。

 これらを見て何かピンと来るでしょうか。

 私はまず「毒親」を思い浮かべました。

 「毒親」というのはご存じの方も多いと思いますが、すごくざっくり書くと「子に害を成す親」です。

 もう少しちゃんと書くと、「身体的虐待や経済的搾取などに加えて精神を蝕むような行為も含め子に悪影響を及ぼす自己愛の強い親のこと」を指し、「毒になる親」という有名な本の著者であるスーザン・フォワードが作った言葉の略称です。(この言葉自体は1989年に誕生したそうです。私も含め一般に認知されてきたのはごく最近の印象だったため、改めて調べてみて驚きました。)

 「毒になる親」の出版は2001年で、ラプンツェルが2010年。時代の流れが見て取れます。時流を捉える先見の明はさすがディズニーといったところでしょうか。そして日本で毒親ブームが来るのは2015年頃とのこと。今、本屋を見ても関連書籍はかなり多いです。

 このブームは「個性を大切にしよう」というような個人主義的な思想を下地として、「どんな親でも尊敬や感謝の念を持つべき」「親孝行しなければならない」といった価値観への反発やそれに苦しむ人たちの救済の物語として広い支持を得たという背景があると私は認識しています。

 このラプンツェル、セリフひとつ取ってもいわゆる「毒親」描写てんこ盛りです。私はその手の本を割と読んでいたため、コテコテだなぁーと思って見ていました。あの本この本で読んだ毒親の事例が羅列されているというか、キャラも話もこの設定ありきで「動かされている」印象でした。上映直後に予備知識無く見ていれば、もっと斬新に感じたかもしれません。

 ディズニー作品は可愛いキャラクター造形と世界観、高いクオリティは昔と変わりませんが、近年は上記のように大人に訴えかけるテーマもかなり意識的に取り入れられているように思います。この後ヒットした「アナ雪」も女性やマイノリティの苦悩など大人目線の社会道徳的テーマがあることが分かります。うちには「白雪姫」や「不思議の国のアリス」のDVDもありますが、クラシック作品にはそういう狙いは見えてきません。純粋に子供向けといった感じです。

 大人を射程範囲に捉えた子供向けコンテンツについては以前、1つの記事を書きました。

 子供向けコンテンツやエンタメの多くは、明るい希望や夢、前向きなメッセージを見せます。敢えて悪い言葉を使うなら「子供騙し」です。

 たとえ現実にはかなわないものだとしても、自分の生きる世界と物語の世界との距離感は子供自身が様々な体験をし成長する過程で、時間差で掴んでいくものです。そういった前提で大人が提供するのです。しかし、対象年齢がフラットになってもその形は変わらずにいられるものでしょうか。子供に厳しい現実を見せるのでしょうか?それとも大人に優しい夢を見せるのでしょうか?

 さてこの物語の顛末ですが、終盤でゴーテルは血のつながった実親では無く悪い魔女で、本当の両親が心優しい王族(自分はプリンセス)だったことが分かります。ラプンツェルの魔法の髪は切られ、若返りの力を得られなくなってゴーテルは死にます。そして自分を助け出してくれたユージーンと結ばれてハッピーエンドを迎えます。

 ...いやはや深刻な軋轢を抱えた親が赤の他人だったらなんて一度は考えるのでしょうが、実際は血が繋がっているがゆえに苦しみ続けることになる人がきっと大半で、もちろん”やっつける”なんて訳にもいかず、突然誰かが助け出してくれるということもなく。これは救いの物語によって救われない思いを新たにするハメになるんじゃないかというか...。こう思ってしまった私は現実を見せられた子供でしょうか。

 まあフィクションですから、あまり現実になぞらえて読むのも無粋ですね。それにまず第一に子供向けのお話なのです。―――なのですが、明らかに「傷ついた大人」をターゲットにしている辺りとのズレがやはり少し気になってしまいました。対象年齢が広がったことでメッセージ性と結末が捻じれている印象を受けました。

 もちろんこのお話で勇気づけられる大人もいるのでしょう。そのこと自体を否定したくはないのですが、多様な捉え方が肯定されるならば、中には足を取られて抜け出せなくなってしまう人も出てくるのかもしれません。優しい夢に浸かった大人も、最後は自力で立たねばならないのですが...。

 なかなかうまく言語化出来ませんが、救いの物語の持つ罪深い一面というものを考えさせられる、そんな作品でした。

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