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基本的馬権

 月曜の朝からとんでもなく力強いワードが飛び込んできて、私の脳みその一部をあっという間に占領してしまった。

 ある獣医師アカウントが頭部のCTスキャンを受ける牝馬の画像をツイッターにあげた。牝馬は仰向け大股開きのあられもない姿で、性器が丸出しになっていた。その「医学的」な画像を見て「青少年も見ているし、馬にも”基本的馬権”があるので消してください。」といった旨のリプライを投げたアカウントがあった。「基本的馬権」の5文字はそのみなぎるパワーゆえかたちまちトレンドに浮上してしまった。

 これに対するほとんどの反応は「何言ってんだ」「おかしい」「性的な目で見すぎだ」といった批判的なものだった。私も概ねそう思う。発言者は見たところ釣りアカウントというわけではなさそうなのだが、「私が見たくないもの」に「権利」などの概念を上乗せして攻撃を仕掛けるという光景自体は特に珍しくはない。

 ペットの写真をSNSなどにあげるとき、性器や肛門にスタンプを押して隠す「配慮」「自主規制」が存在する。(隠すことでかえって面白画像になってしまう気がするのだが...半分それ狙いなのかもしれない)これを長時間煮詰めて濃縮すると「基本的馬権」になりそうな気がする。

 真面目に考えると、これは「アニマルライツ(動物の権利)」や「青少年保護育成」といった概念の範疇だろう。動物の苦痛をなるべく減らそうとか、子供に悪影響を与える表現を避けようとかいう趣旨で言うなら、この突飛なパワーワードをもっともっともっと薄く希釈したものは自分の中にも、ひいては今を生きる大勢の人間の中にも既にマイルドに浸透しているように思う。

 動物の性器はショッキングだし可哀想だから隠すべきか否か?

 たとえ何らかの医学的な意味を持つ画像でも、不特定多数の人が見るような場所に安易に上げるべきでないか?

 バカバカしい話のようにも思えるかもしれない。

 しかし時の流れを少し俯瞰して見てみれば、ドリフではおっぱいが出なくなり、かつて一部の保護者から槍玉に上げられていたクレヨンしんちゃんは本当に「ぞうさん」をしなくなり、しすかちゃんの入浴シーンは問題視されるようになった。性にまつわる表現の規制は確実に時代と共に強くなっている。クレヨンしんちゃんも当時真に受けていた人は少なかった記憶があるが、バカバカしいと思うことも意外に実現してしまうものなのだ。「医学的」という線引きもあっさり崩れ、今笑って見ている「基本的馬権」がそう遠くないうちにスタンダードになってしまっても何らおかしいことはないように思う。

 そもそも青少年(人の子)と動物とでは比較にならないと思うかもしれないが、権利意識の高まりは動物をどんどん擬人化させていくものだ。ペットを見れば一目瞭然だ。可哀想な動物は人の子と化す。これは規制を強力に後押しすると思う。先日は鶏の密集飼育改善のニュースがあり、家畜の世界にもしっかり波及しているのが分かる。

 おそらくこの流れは止まらない。笑って済ませていたようなものが消えていく。この世界を「綺麗」にするフィルターの網の目はどんどん細かくなり、そこをくぐれない「汚れ」はその先に行けない。今日のこの日が「馬の無修正画像をアップすることがまかり通り、それに声を上げる女性が叩かれる野蛮な時代があった」などと言われる日が来てしまうかもしれない。

基本的兎権に配慮した作品

「基本的兎権に配慮した作品」

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