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記憶のいたずら 雪丸 短編集

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短編集です。消えそうな記憶を手繰り少しづつ書いていこうと思います。(Since 2021/08/14)
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2021年8月の記事一覧

『プレハブ』

今でもあの頃のことは鮮明に覚えている。 マサ、ジンバ、ケンチ。 同じ年に同じ大学に入って、同じ日に同じサークルに入った三人。 マサはドラム。ジンバはギター。ケンチはキーボード。 バンドは別々だったが、暇さえあれば三人でセッションしていた。 「暑っ!もう無理。手が汗で滑って、バチが飛んでいきそうや。」  上半身裸のマサが、ドラムを叩くのを途中で止めて叫んだ。 「おめ、こっちに飛ばすなや、マサ! そうやケンチ、途中でなんかしたか? コードが、なんか変な感じになったと思ったら、

『死ぬ匂い』

 子どものころ、おばあが、おじいに自分の匂いを嗅がせていた。 「もうすぐか?」 「あぁもうすぐだ・・・」 おじいはそう言うと泣き出した。 「今までありがとうな・・・」 「わしこそ・・・」 おじいは子どものようにシクシク泣いていた。 おばあは幸せそうに微笑んでいた。 「一政さん、本当にありがとうございました。」 「・・・」 おじいは子どものようにオンオン泣いた。 幼い私には、これがなんのシーンなのかよくわからなかった。 ただ、そのあと、おばあは死んだ。  ずいぶん経ってから

『朝の色』

 バイトが終わった後、大学近くのいつもの居酒屋に、いつものメンバーで集まる。 「マスター!”といちんさ”ライムでグラス二つ!」  ゼミが常連ぽく注文した。私もそんなふうに注文してみたいと思うが、結局はいつも思うだけ。 「あっ私は・・・」 「イっちゃんはいつものウーロン?」 「はい・・・」 「はーい!ウーロンジョッキで大盛〜!」  ”といちんさ”は、ゼミとヘマがボトルキープしている地元の安焼酎。他のお店の仕組みは知らないが、このお店では、ボトルキープのお酒には、ライムジュース

『冷たい毛布』

 ほどよく冷たく、ほどよく弾力があり、ほどよく優しい。  なんだったかはよく覚えていないが、なにかとても心地よかったように覚えている。 「これは・・・なんだったかな・・・」 「お父さん? なに? どうしたの?」 「・・・」 「気のせいか・・・」  あれはなんだったか?私はずっと触っていた。触っても触っても満たされることはなかったが、触っていないと満たされるという感覚からもどんどん遠ざかっていく。  だから触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る。触る

『おにぎり』

 打ち合わせが早く終わったから、少し余裕を持って帰れそうだな。  名古屋駅に着いて名鉄に乗り換える。名鉄名古屋駅は昔とあまり変わっていない。薄暗い洞窟のような地下フォームにうっすらと香る油の匂い。少しホッとしたような寂しいような複雑な気持ちになる。  犬山線に乗って15分ほど。岩倉駅で降りてタクシーで実家へ向かった。駅からとても遠くにあったと思っていた家は、自分の感覚以上に近くにあって帰るたびに驚かされる。  私の実家は代々続く和菓子屋さんだった。  ”だった”というの

『人のころ』

 物心ついたら家にネコがいた。  幼い頃、ぼくは父親の両親の家、つまりぼくにとって父方の祖父母の家に住んでいた。その家には ”みつ” と呼ばれるネコがいた。みつはとても賢く、まるで人間のルールを理解しているかのような振る舞いをした。  横断歩道を渡る時は車が来ないことを確認して渡ったり、信号のある大通りの交差点では、歩行者信号が青にならないと渡らなかった。ある日、ぼくが「みっちゃんはおりこうさんですね」と言ったら、ニヤリと笑ってから「ミャウ」と言い返してきた。  トイレ

『ネコのころ』

 もう何回目になるのかしら。この家に来てからは3回目。前の家を合わせると10回ぐらい?もう覚えていない・・・  私たちネコは、誰にも看取られず死ぬことができると、また子ネコに戻ることができる。子ネコに戻った後は、前に居た家に戻るものもいれば、別の家に行くもの、野良になるものなど、新しい生活を選択するものもいる。  私はこの家が好き。おじい、おばあ、そしてお父さんはとても優しい。けんちゃんは生まれた時から知っているから、私の子どもみたいに感じる。  時々怖い夢でも見るのかしら