見出し画像

庵野秀明の努力と没頭~『庵野秀明展』の雑感と、『シン・ウルトラマン』への期待について

はじめまして

映画館でスタッフをしています、ありたらむといいます。

このnoteでは私が触れた映画・ドラマなどなどをピックアップして、なにが面白いのか/面白くないのか、そこにどんな背景があるのか、考えたことを文章にまとめたいと思います。どうぞ、お付き合いくださいませ。

今回は、『庵野秀明展』の雑感を書きます。

『庵野秀明展』とは

『庵野秀明展』は、『新世紀エヴァンゲリオン』などで知られる映像作家・庵野秀明の出生から学生時代、アマチュア時代、プロ作家になってから現在に至るまでを、膨大な資料をもとに辿る展覧会です。昨年より東京と大分を巡回して、4/20(水)時点では大阪・あべのハルカス美術館で開催しております。 ※会期は6/19(日)まで。

構成がとても練られている展覧会です。ただ庵野秀明の仕事を紹介するだけでなく、彼の思考や仕事の方法がどのように形成されたかを丹念に追っていく、まるで庵野氏の脳内を覗き見るような気分にさせてくれます。クリエイターの思考に触れようとする行為に面白みがあるので、庵野氏を知らなくても楽しめるんじゃないでしょうか。

その意味で言うと、展覧会の第1章「原点、あるいは呪縛」は非常に重要です。
ここでは庵野氏が幼少期を過ごした1960年〜70年代に製作された特撮・アニメ漫画の資料をふんだんに紹介します。庵野氏の嗜好を培い、のちに仕事のリファレンスとなる作品ばかりが並んでいるので、ここをしっかり抑えておくと第2章以降の展示物で「あ、これ第1章で観たやつだ!」と超気持ちよくなれます。

庵野秀明の仕事は、真実に近づく努力に満ちている

第2章「夢中、あるいは我儘」以降では、主に庵野氏のアマチュア時代(1978)〜『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』(1997)までを中心に、彼が手がけたクリエイションの数々を紹介しています。

展示されている資料を全てまともに見ようとすると、3時間以上の時間と、かなりの気力が必要になります。なぜなら、庵野氏の仕事はひとつひとつの情報量がとんでもなく多く、また仕事量も多いからです。

自主制作映画で作った模型の精緻なディテールや、大阪芸大時代の課題作品に見るエフェクトアニメ、プロになって参加した『風の谷のナウシカ』の原画に描かれた巨神兵の溶ける表皮・流れる液体・舞うがれき…
異様に細かく、丁寧な仕事がずらっと並ぶ様子には圧倒されます。
とくにメカやマシンの設定画などは面白く、そのデザインひとつにしても作中世界の情勢・人間の営みを考え抜いた上で、最もふさわしい形でデザインしたような形跡が多く見られました。これらの仕事には、庵野氏が敬愛する美術監督・成田亨に通じる部分を感じます。

成田氏は著作『特撮美術』にて、映画製作について

"フィクションの中のリアリズムの追求、これが映画製作の姿勢で、特撮美術にはなおさらこの姿勢が必要です。"(1)
"真実に近づく努力が特撮美術の姿勢だと思います。"(1)

と語ります。

特撮という、タネも仕掛けもあるトリックに実在性を持たせるために、現実に即したディテールを盛り込んでいく。成田氏に影響を受けた庵野氏も、自身の製作する特撮・アニメにおいて、メカの設定から爆発のエフェクトひとつにおいて尋常なきリアルの追求を行うのでしょう。その姿勢は近作の『シン・ゴジラ』(2016)や『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』(2021)にも確認できます。
それらの仕事を目の当たりにできるまたとない機会。それが『庵野秀明展』なのです。

『庵野秀明展』から考える『シン・ウルトラマン』~特殊メカは登場するのか?

"庵野秀明をつくったもの"と"庵野秀明がつくったもの"に浸ったあと、展覧会の最後を飾るのは"庵野秀明がこれからつくるもの"です。
そこでは、彼の最新作『シン・ウルトラマン』が紹介されています。

『シン・ウルトラマン』は5/13(金)に公開予定の映画で、庵野氏が企画・製作を務めています。1966年に放送され、斬新なデザインと特撮技術による映像で庵野氏を含む多くの人々を魅了したTVシリーズ『ウルトラマン』を、現代社会を舞台に甦らせようとするのが『シン・ウルトラマン』です。

『ウルトラマン』の魅力のひとつに、成田亨がデザインした特殊メカの数々と、それらを駆使して怪獣に立ち向かう組織・科学特捜隊(通称:科特隊)のユニークさがあります。『庵野秀明展』第1章でも多くの特殊メカが紹介され、また第2章以降の展示物を通して見ると、彼のメカデザインに対する強烈な思い入れがうかがえます。しかし、『シン・ウルトラマン』の予告編には特殊メカが一切映っておりません。黄色い隊員服をまとった科特隊の姿もなく、そのポジションには"禍特対"という組織とスーツスタイルの公務員(+学者)たちがいます。

庵野氏の盟友で、『シン・ウルトラマン』で監督を務めた樋口真嗣は、インタビューで本作について、

"再び初代を作る"(2)
"50年以上前に作られたウルトラマンを、現代の社会にふさわしい形で初めて登場させる思考実験のようなもの"(2)
"『シン・ゴジラ』同様のコンセプト"(2)

と語っています。
『シン・ゴジラ』は、2016年に総監督・庵野秀明の下で製作された怪獣映画です。その製作時に庵野氏は「やはり、ゴジラ出現ともなると、その事案に対応して行動するのは政府機関になると思うんですよ。」(3)というほどに現実世界に即した形でゴジラを捉えており(終盤の、リアリティラインが崩壊するような展開もありましたが…笑)、「シン・ウルトラマン」も同様のスタンスで製作していると思われます。
本作に登場する"禍特対(=禍威獣特設対策室専従班)"も、防災庁という(架空の)政府機関の下にある組織なので、スーツスタイル&特殊メカを持ちえない機関と言われると納得します。

しかし『庵野秀明展』の第1章を観たあとだと、庵野氏が『シン・ウルトラマン』から特殊メカをオミットするとも思えないのです。自身の作品からも万能戦艦N-ノーチラス号(『ふしぎの海のナディア』)やAAAヴンダー(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』ほか)など傑作メカを輩出してきた庵野氏が原点にある『ウルトラマン』を描くとき、その存在をスルーするでしょうか。
また、『シン・ウルトラマン』にはメカニックデザインとして山下いくとが起用されています。山下氏といえば、30年来に渡って庵野作品のメカニックを担当しており、2023年に公開される『シン・仮面ライダー』でも主人公たちの乗るバイク・サイクロン号をリファインしています。サイクロン号の製作にあたり、庵野氏は

「50年前のイメージ(シリーズ第1作『仮面ライダー』のサイクロン号)が離れなくて、そのラインを踏襲しつつ、現代風にならないかと思っていた。山下さんがそれを形にしてくれた」(4)

と語っており、もし『シン・ウルトラマン』にも同様の姿勢でいるのなら、リアリズムとケレン味を同時に追求した、新しい特殊メカが見れるのではないか!と期待が膨らみます。5月13日(金)の公開が楽しみです。

おわりに

庵野秀明の作品は複雑かつ難解であり、ファンを考察の沼に落とします。そして考え込むファンを「庵野はそこまで考えてないよ」とくさす人もいますが、『庵野秀明展』を見た後だととてもそんなことは言えなくなります。彼は面白い作品を作るためなら、設定ひとつをどこまでも丁寧に、執拗に、とことん追求する人だと、彼のクリエイションが訴えてくるのです。
なので私は、いちファンとしてどこまでも考え込もうと思います。作品の中にメタファーやリファレンスを見つけることや、その価値を批評することの楽しみを、庵野氏の圧倒的な作りこみが与えてくれているのです。
『庵野秀明展』に訪れて、私は彼に対する信頼と、作品に対する興味がさらに増しました。
ぜひ皆様も、『庵野秀明展』に訪れてみてはいかがでしょうか。彼の真摯な姿勢に胸を打たれ、そして『シン・ウルトラマン』への期待が高まるはずです。


参考文献

(1)成田亨, 『特撮美術』,フィルムアート社, 1996, 179p.
(2)文春ムック,  『週刊文春エンタ!』, 文藝春秋, 2021, 22p.
(3)庵野秀明, 『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』, 株式会社カラー, 2016, 491p.
(4)まんたんウェブ, "シン・仮面ライダー:サイクロン号お披露目 山下いくとデザイン 庵野秀明監督「50年前のラインを踏襲しつつ現代風に」", (参照 2022-04-22)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?