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深夜の葛藤

「お腹すいたなぁ。」
どうやら夕餉の餃子が少なかったらしい。腹が減ったと腹の虫がひと鳴き。スマホの画面に目を向けると22時50分。窓の外は黒一色で塗りつぶされている。
「こんな時間になぁ。」
お腹に手を当てて人差し指で肉を摘む。勘違いしないで欲しいが、私は標準体型だ。贅肉と言っても体をくの字に曲げた時に少し出るくらいだ。乙女としての問題なのだ、これは。
ぬぬぬと唸りながら、座っているキャスター付きの椅子を無意味に左右に動かす。

もう寝てしまうか?

空腹を明日へ持ち越し。就寝してしまえばそれは可能だ。朝になればこっちの物だ。しかし、1度出てきた欲望は中々引っ込みそうにない。ベットに横になっても眠れないかも知れない。

近くにある本棚の一角を覗き込む。ここには私の非常食が少しばかり入っている。ビスコに味付け海苔にカップラーメンに乾麺の焼きそば。海苔以外は罪悪感を掻き立てるラインナップだ。かと言って、海苔で腹は膨れない。

悩んでいるうちに時計はどんどん進む。23時13分。
「そうだ、確か冷蔵庫に…。」
私は自分の部屋を出て、リビングへと降りていく。手探りで電気のスイッチをつける。キッチンの冷蔵庫の扉を開けるとひんやりした空気が肌を撫でた。
「ああ、あったあった。」
私が手にしたのは真っ白い豆腐だ。2つパックで仲良く手を繋いでいるのを切り離す。手のひらに乗せていると冷たい温度を伝えてくる。夏に片足突っ込んだ季節なので冷奴もきっと美味しいだろう。だが、これではダメだ。
浅めのボウルに豆腐を入れる。プラスチックの入れ物からから出すのは苦手だ。豆腐に亀裂が入ってしまった。まあ、私しか食べないので構わないだろう。
次に水と白だしを入れてラップをかける。それを電子レンジに入れる。スタートボタンを押すとオレンジ色の光が豆腐を温めだした。そう、作っているのは湯豆腐だ。
赤い電子レンジは設定した時間通り私を呼んだ。器を出そうと触るとすぐに手を引っこめる羽目になった。隣に置いてあったミトンを身につけ、今度こそ取り出す。机に置いてからラップ剥がすと湯気と共に出汁の匂いが鼻をくすぐった。

私は直ぐに手をつけずに冷蔵庫をもう一度開く。生姜チューブがあればいいのだが…残念ながら今はないようだ。少し肩を落としたが、次は野菜室を引き出す。青々とした細ネギはきちんとそこに居た。包丁を出すのは面倒なので代わりにキッチンバサミを取り出す。パチリ、パチ、パチ、パチリ。適当に切ったので長さがバラバラの緑が豆腐の上に降り注ぐ。

少し豆腐の上のネギを出汁のプールにスプーンで落とす。よし、これで準備は整った。

私はまず、豆腐ではなく薄く色付いたスープを掬った。出汁は何故こんなにも美味しいのか。口に入れると日本に生まれてきて良かったな、と思うのだ。次は豆腐だ。艶やかな白肌にスプーンを差しこむ。私はしばらく無言で食べ進めた。だし汁を最後の一滴まで頂き、私はスプーンを置いた。

お腹の虫も落ち着いて、私も満足感で満たされている。家族はもう皆寝ていてとても静かだ。こんな風に1人で居ると一人暮らしを思い出す。
この湯豆腐もよく食べたなあ。そう心の中で呟く。
あそこはコンビニがとても近かったから、歩いてホットスナック買いに行ったり出来た。実家も気軽に行ける距離だったら良かったのだが、思い立って行くには少し遠い。

少しお腹も膨れ、心地よい眠気が私を誘う。食べた器は明日の私に任せた。後にすれば面倒な事は目に見えてるが、気持ち良いまま寝たい。

私は部屋に戻るために、席を立ったのだった。

おしまい

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