冒頭の写真をよく見てください。
このメニューが何か分かりますか?
——そう、天津飯ですね。
この写真には一箇所だけおかしな点があるのですが、それがどこか、あなたには分かりますか?
続きを読む前に、30秒だけ考えてみてください。
ご飯が二箇所にあるのが分かりましたか?
天津飯の中と、ご飯だけのお皿と合わせて二箇所です。
普通こんな注文の仕方はしません。
これは、少し前のある日、行きつけの中華屋さんで、私が注文を間違ってしまった時に出てきた御膳(食べかけですけど)です。
わざとではありません。
一体全体どうしてこんな失敗をしてしまったのか?
事の発端は約四ヶ月前までさかのぼる。
「できたらペンネームでなく実名で登録してくださいね」
天狼院ライティング・ゼミを始めた時に言われた言葉だ。
私の心は波立った。
当時ペンネームのフェイスブック・アカウントと実名のアカウントを使い分けていた私は、ゼミのフェイスブック・グループに加入するにあたって、どちらを使用するのがいいかと迷った挙句、運営に相談したのだった。
そこで実名のアカウントの使用を勧められた訳だが、私は敢えてその理由を聞き返そうとはしなかった。
なぜなら、「もしかしたらこれが、私が実名で文章を発表する良い機会になるかもしれない」と感じたからだ。
これまで私はコミケやウェブなどで文章を発表するにも「蟻坂真名」だの「蜜島るい」だのといった手の込んだペンネームをこしらえ、実名を隠してきた。
——わざわざ「本当の名前」を意味する「真名(まな)」というペンネームまで付けて……。
「怖いから」
理由を一言で言えばそうなるだろう。
——炎上、ストーカー、親バレ、勤務先を知られること、勤務先に知られること、性的嗜好や自分がオタクであることの露見……あらゆることが私は恐ろしかった。
その一方で、
「悪いことをしているわけではないのだから」
「実名で言いたいことが言えたらどんなに楽だろう」
そう思っても、いつも踏み切れない自分がもどかしかった。
ゼミに加入したての頃、私は「毎週課題を提出」というのは、「まさか課題を毎回全世界に向けて実名で公表するってことなのか?」とバカな誤解をし、夜も眠れないくらいにドキドキしていた。当然実際はそんなことはなく、ペンネームでの提出も禁じられたわけではなかったのだが、実名のアカウントでフェイスブック・グループに加入した時点で、すでに私は「実名で書くこと」に向けて第一歩を踏み出していたのだろう。
最初の課題が運よく合格となり、天狼院のサイトに掲載されたその時、そしてその後、自分の実名アカウントでその記事をシェアした時、私は一つのハードルを越えたことを感じていた。
それは、実名で書く事の不安を、開放感が上回った瞬間だった。
そしてこのすぐ後、私はペンネームのフェイスブック・アカウントを削除した。そもそもほとんど人に知られていないアカウントである。しかしこの時、私はまだnoteにペンネームのアカウントを残していた。
さて、次の機会に提出した課題が「合格だが不掲載」となり、採点者から自分のブログに載せることを勧められた時、私はフェイスブックとnoteにそのコラムを掲載することにした。そして同時に、noteのアカウントも実名化してしまうことを決めた。
しかし、「長い間やりたかったけれど、実際には不安でできなかったことをついにやる」というのは、どうにもおかしな心持ちになるものだった。
今自分がやろうとしていることが、別の日に「不安でできない」と考えていた事と、同じ事柄だとは、どうしてももう私には思えなかったのだ。
自分の顔写真や経歴などをnoteのプロフィールにあげながら、「炎上するならしてみろ」というぐらいの気持ちに私はなっていたが、一方でまだ、どこか実感が持てない自分がいたのも事実だ。
さて、窓の外がだんだんと暗くなる中、作業を中断した私は、足早にその中華屋へと向かった。
天津飯ご飯少なめ、半ライススープ付き——。
運ばれたそれを見て絶句する。
いつもより少し大きめのお盆の上には、スープと香のものが二つずつ乗っているではないか。
「どうして二つずつ? これは一つずつでいいです」
「一つずつにしても金額は変わらないけどいいですか?」
高校生と思しき若い店員は怪訝そうな顔をしながらも、私の言う通り、余分なそれを下げてくれた。
——どうしてこうなった?
記憶を反芻しながら私は、白く光るれんげを手に取り、天津飯のトマト色の餡をかぶった卵焼きに上から挿し入れた。当然のごとくご飯が顔を覗かせる。
この時点で初めて私は自分の失敗を悟ったのであった。
天津飯とは別に、小ライスを頼んでしまったことに……。
私は途方に暮れた。
天津飯のご飯を少なめにして、夕食を軽く済ませる腹であったのに、なぜこんな失敗を……?
事の顛末を彼氏にLINEで報告すると、予想外の答えが私を待っていた。
「店員さん、やっちんが『見えないもう一人』に食べさせると思ったんじゃない?」
その言葉にハッと胸を衝かれた。
彼がそんな話をしたのは、以前に見たテレビ番組か何かの影響だったように思う。見えないもう一人は確か故人を指していたはずだ。大切な人を亡くした誰かが、遺影と共に思い出の場所を訪れ、食事を共にする、というような……
しかし、この時の私が「見えないもう一人」と言われて思い当たったのは、私がさっき抹消したばかりの2代目ペンネームのことであった。
そう考えるとこれが不思議と腑に落ちたものである。
しかしその一方で、ペンネームはそもそも私が必要に駆られて作っただけの記号であり、亡くなった人とは全然意味合いが違うだろう、とも思った。
私は自分でも意識しないうちに、いつの間にか自分のペンネームにそこまでの思い入れを抱くようになっていたのだろうか? 食事を食べさせてやりたいと無意識に思ってしまうほどに「蜜島るい」のことを……?
何だか馬鹿みたいな話なのだが、天津飯と別盛りライスを交互に口に運んでいるうちに……気がつくと私は、これがペンネームの自分と共にする最後の食事——最後の晩餐なのだと感じていた。
驚いたことに涙が零れた。
——そうか。私は「これから」のポジティブな面ばかりを意識していたけれど、実はペンネームと共に、今終わろうとしている「これまで」に別れを告げたかったのかもしれない、そんな風に感じた。
「今まで守ってくれてありがとう」
「あなたがいたから今日まで歩んで来られた」
「もう大丈夫だから、お別れだね」
「さようなら」
そう呟いた時、先ほどまでの、地に足のつかない現実感のなさは、もうどこにもなかった。
店の外はすっかり暗くなっており、私は原稿の待つ我が家への道のりを、一歩一歩確かめるように歩いた。
この「天津飯の失敗」を——私はきっと忘れはしないでしょう。
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