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私の楽器のこと:1917年製GAVEAU

私が1917年製のフランスのピアノ、ガヴォーGAVEAUのアップライトピアノを
お迎えしてから、もうすぐ丸3年が経ちます。

なかなか一言では説明しきれぬ流れがあって、お迎えすることにしました。高崎にある素晴らしいピアノ専門店「ピアノプラザ群馬」で出会った日のことは、Facebookに書いてありました。

同時代のプレイエルや、味わい深いエラールにも触れ、心を掴まれたベヒシュタインもあったのですが、最終的にミステリアスな魅力に溢れ、これからの私の暮らしに未知なる彩りを与えてくれそうなガヴォーに決めたのでした。

正直、その時に出会ったベヒシュタインはお店で弾いて速攻仲良くなれたのに、ガヴォーには仲良くなれるのかなれないのか「読めない」部分があった(その意味ではプレイエルはわかりやすくて、私なんぞ相手にしてくれなかった・苦笑)。なので相当、迷いに迷って、気持ち悪くなるくらい考えて、決断しました。
お店に丸っと半日はいたと思います。

アップライトにしたかったのは、うちにシュタイングレーバーのグランドがある(オーナーは夫)からというのもあるけど、私はどうしても、インティメイトな雰囲気で心安らぐような楽器が欲しかったから。

それまで使っていたのは、中学生の頃、飯田家が一番大変だった時代に、親がものすごい苦労の中で買ってくれたKAWAIのアップライトでした。そちらは、音楽之友社さんの撮影スタジオに寄贈させていただいたので、友社の動画で時々出てきたり、私もスタジオに行くと会えるし弾くこともできます。友社さんありがとう。

寄贈が決まって最後に撮った記念の動画

さて、ドキドキしながらお迎えしたGAVEAUですが、何十年もの眠りから覚めたような状態(当時ものの部品で生かせるところは生かしつつ、ピアノプラザさんが弦の張り替えや全体のクリーニングなどはしてくれてある状態)で、ピアノ自身も緊張しながら我が家に来てくれたと思います。

ピアノプラザさんからは、数年は馴染むまで、根気良くメンテをしてお付き合いください、と言われていましたが、最初はけっこう大変でした(笑)。
納品直後の調律から間も無く、鍵盤が戻らなくなったり、音の出ない鍵がでてきたり、謎の軋み音が続いたり…とにかくご機嫌がコロコロ変わる。

しかし。

その気まぐれ具合にいくら振り回されても余りあるほどに、なんとも言えない音色を発揮しはじめ、上へ上へと立ち上るような響き、甘い中音域、驚くほど深みのある低音域、光差すような高音域が、このピアノの「声」として鳴るのです。

上に置いているお花は造花です。ご安心を。
鍵盤は象牙です。

正直、よくイメージされるようなアップライトのこもったような響き(の魅力)からは程遠いその響きに驚愕してしまうのですが、ピアノプラザの技術者の志村さんによれば、もう使っている当時の木材が、現在では絶対に手に入らないとても上質なものなのだそう。とにかく作りが現在では考えられないような、手間のかかった贅沢なものになっているのだそうで……。

見えないところのおしゃれがすごい

特にフランスのピアノって、普段は見えない場所にまで、赤い色をおしゃれに入れていたりして、なぜそこに凝る?!っていう贅沢なことをやっているのだそう。

私のはModèle  C  製造番号63696

納品後、特に初年度はしょっちゅう志村さんにSOSを出し、何度もメンテしていただきました。コンサートチューナーでもある志村さんはお忙しい中、駆けつけてくださって、夜遅くまで問題究明に時間をかけ、丁寧に調整し、じっとピアノと向き合ってくれました。すごい時は6時間くらいぶっ続けで。ピアノ愛と探究心に溢れた技術者さんです。粘り強いお方!!

お迎えしたばかりの、お世話が大変だったGAVEAUと志村さんと

調子が良くなると、もうこのピアノはファム・ファタル。恐ろしい子!
弾きながら、まったく予想だにしなかった音色で、ピアノが突然鳥肌もののニュアンスを出して来たりするんですよ。
「うわ!!!そう来ますか!!!」みたいな。今まで気づかなかった、作品の美しさや複雑さや凄みを、ピアノが教えてくれる。
それで、どんどん虜になっていく…
ご飯も食べず、トイレも行かず、4時間でも5時間でもぶっ続けて弾いていたくなるのです。危ない魔性の魅力!

とはいえ、キーボードはキーボードでも、PCのそれを打って原稿を書かねばならないので、泣く泣くピアノの前を離れるのですが…。

「あーそろそろピアノの練習しなくちゃ…」なんてちょっとイヤイヤやってた子どもの頃の自分から時間を奪いたいよ。ピアノの練習の楽しさを、当時の私に教えてやりたいよ。

ま、今こうして自分と波長の合うピアノに出会い、気づくことができたことに感謝していこう。

なお、このピアノの輸入に深く関わられたのが、ピアニストで、ヴィンテージ・ピアノに異常に詳しい松原聡さん。かのディヌ・リパッティが最後のコンサートでガヴォーのピアノを使用した件について、2021年10月号の「レコード芸術」で取材させていただきました。

10月号の「レコード芸術」見本誌が届きました。表紙渋い…カッコいい…いぶし銀。 さて今号では連載「レコード誕生物語」に、すごく意気込みと思い入れを込めて書かせていただきました。5ページにわたります! かのリパッテイのラストコンサートの名...

Posted by 飯田 有抄 on Saturday, September 18, 2021

そんなこともありつつ、お迎えしてからもうすぐ3年。
その間、すごく弾ける時期もあれば、忙しくてまったく弾けない時期が数ヶ月も続いたこともありました。

今年はずっと弾けないしメンテもままならなかったのですが、今日やっと志村さんに調律・調整していただきました。

そうしましたら、驚くべきことが!!
今日の調律後のガヴォーの響きの美しさといったら!!!
過去イチ! MAX!! ….といいつつ動画とか撮れてないので言葉で言うしかないですが。

数ヶ月ピアノ弾けていなかったので、私の指は固まりまくっていたにも関わらず、J.S.バッハのフランス組曲のG durのアルマンドをちょっと弾いてみたら、ピアノが歌う歌う!!
ブリリアントだけど、けっして金属的なそれではなく、喜びに溢れた深みのある声のよう。

びっくりしていたら、志村さん曰く、
「これが宮殿の音や、残響の長い教会の音を持つ文化を生きた人たちが、贅沢に作った楽器の音です。
このお家にやってきて、やっと馴染んできました」
とのこと。

ついに本領発揮か、私のガヴォー….すごい。

今や入手不可能な素材と、当時の職人たちの技術と粋を集めて作ってくれた、人類の宝物。私の家にだけあるのがもったいないくらい。でも仕方ないよね…

志村さんが帰られたあと、時が経つのを忘れる勢いで、久々に弾き続けました。
でもリハビリ状態。こんなときはやっぱりバッハ。フランス組曲からいくつかの組曲を丸っと弾いたり、大好きな「小前奏曲とフゲッタ」(ウィーン原典版のタイトル)を最初のページからどんどん弾いたり。

それで、「小前奏曲」はオルガン的な曲が多いのだけど、BWV924の後半は7小節にわたるオルゲルプンクトが左手に出てくる。右手は16分音符で和声を変えながら分散和音で動き続ける。なんと、この間、一切ペダルを踏み変えずに弾けてしまった! 踏み替える気持ちにならなかった。 響きがまったく濁らず歪まず、荘厳な教会内の音響のようになっちゃったんです! えーこれアップライトピアノ?!…と我が耳を疑いつつ、自分で弾きつつ浸り切りました…  ありがとうガヴォー。

ソフトペダルはアップライトの場合、ウナ・コルダになるのではなく、ハンマーが弦に近づくことで、ソフトな音になる仕掛け。その音色の変化ぶりもまたほどよくて、ちょっとしたレジスターを扱うような感じで、これもまた楽しい。センスよくさっと踏み込むと、時代楽器みたいな面白さを味わえる。

バッハのこういう小品は、指がリハビリ的にほぐれてくると、2声でやさしいので、今度は心のリハビリにもなり、つぎつぎ新しいことをやってみたくなる。ハーモニーの緊張と弛緩とか、反復をどう変えるか変えないかとか、舞曲的か否かとか、アウフタクトをどう扱うかとか、そんなところで瞬時にダイナミクスやアーティキュレーションを変えて遊んでみる。
たっのしー!!

100年以上も昔の、ちょっと気難しいけど、魔性の魅力を持つピアノが、音楽のみずみずしさを伝え、教えてくれるなんて、奇跡のようなことだと思いました。
年末年始はまた時間をとって、ゆっくり弾きたいな。

青い目のおフランスなビスクドールはやっぱりお似合い。

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