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勝手にロックダウン日記 アベノマスクについて30分だけ真面目に考えた(5/20)

最近どこででもマスクが手に入るようになり、しかも価格もどんどん下がっている。そんななか、このニュースがふと目についた。

アベノマスクの投入と市場のマスクの価格の相関関係だって?

適当なこと、よく言うなあ。そんでもってロクな検証もせずにまんま見出しにして流しちゃうってどうなの?と呆れ返った。

ひとつの政策やプロジェクトと、そこから発現した社会現象(インパクト)の因果関係を測定することは簡単ではない。これは長い間、プロジェクト評価者を悩ませてきた分析項目のひとつである。なにしろ、世の中というのは実に複雑で、いろんな要因が個人に影響を与え、行動変化が起こり、その影響がまた次なる変化を生み、社会が変化していく。世界は実験室のようなコントロールされた空間じゃないから、大方の場合、「一つつのことがストレートに一つの結果を生みましたよ、以上」というシンプルなものではない。世界には、政府が良かれと思って導入した政策が、一方で負の効果を産んでしまった、という例は実に多い。高速道路をつ作ったら小さな街が廃れたとか、食料を配ったら闇市場に流れギャングが潤ったとか。そう、社会は複雑なものなのだ。

このマスクでいうと、別に「負の効果」まではないと思うが(政権の評判を貶めたことくらい?)、実際のところ、社会にどんなインパクトを与えたかはまだ測りようがないだろう。だって、実際にはまだ全世帯に配られてすらいないのだからプロジェクト自体が完了してない。

じゃあ、なんでマスクの市場価格は下がったのか?これは、まあ簡単にいえば市場による需要と供給のバランスが崩れたのだろう。
中国などからの輸入品が大量に入り、一気に街に出回った。また、今や布マスクも売っているし、自分で作っている人も少なくない。すでに地道にマスクの購入を続けて大量にストックしたという人もいるだろう。

結果的に色々な要因があるタイミングで重なり、市場にマスクが溢れ、価格が下がった。そのなかでアベノマスクがどれくらいの役割を果たしたのか? まあ、はっきり言ってそう大きくないだろうね。もちろん、マスク関係の各種のデータが揃い、優秀なミクロエコノミストがいれば分析は可能だとは思うけど、いまそういうのをしている人はいるのかなあ?
誰かやってくれないかなあ。

なんでお前がそんなことをくどくど書いてるんだって?

だって、かつて私は政策やプロジェクトの評価コンサルタントをやっていたのだ。10年前までは、こういうのを分析するのが仕事だった(国連でも教育政策の評価担当だったし、ソルボンヌ大学でも「評価」を軸に授業をやっていたので経験はけっこうあると思う)。

そんなこともあり、大規模なプロジェクトを見るとどうしてもこの評価脳が働きはじめてしまって、先のニュースを見たとたん、アベノマスクも評価分析の枠組みで考えたくなってしまった。というわけで、ほんのさわりだけ、30分間でできる範囲やってみたい。(以下は普段の日記やエッセイと全然違うし、たぶんあんまり面白くないから、読むことは特におすすめしない)

一般的に、開発援助分野のプロジェクトはほとんど全て厳しい外部評価の目にさらされる。そしてその評価分析はDACが定める五つの評価項目で分析・報告されることが多い。その項目の定義は組織ごとに色々あるのだが、今日はとりあえず日本語でやるので、JICAのHPからその定義を拝借することにする。

1、妥当性(relevance)
プロジェクトの目標は、受益者のニーズと合致しているか、問題や課題の解決策としてプロジェクトのアプローチは適切か、相手国の政策や日本の援助政策との整合性はあるかなどの正当性や必要性を問う。
2、有効性(effectiveness)
主にプロジェクトの実施によって、プロジェクトの目標が達成され、受益者や対象社会に便益がもたらされているかなどを問う。
3、インパクト(impact)
プロジェクトの実施によってもたらされる、正・負の変化を問う。直接・間接の効果、予測した・しなかった効果を含む。
4、効率性(efficiency)
主にプロジェクトの投入と成果の関係に着目し、投入した資源が効果的に活用されているかなどを問う。
5、持続性(sustainability)
プロジェクトで生まれた効果が、協力終了後も持続しているかを問う。(JICA HPから引用)

まあ、分かりにくいと思う。とりあえずは、具体的にこの項目を用いて、改めてアベノマスク政策を見てみよう。

妥当性(relevance)
(受益者のニーズと合致しているか、アプローチは適切か?)

アベノマスクは、ざっくり一見すると、受益者(この場合は国民)のニーズとはある程度合致していると思われる。しかし、マスク配布が発表された時の世論を観察すると、控えめにいっても、このようなガーゼを重ねて縫っただけの時代錯誤な形の布マスクよりも、通常の立体型の使い捨てマスクを求めている人の方が多いように見受けられた。実際に国会などをみても閣僚のほぼ誰も使用していないことや、すでに配布が始まった東京の街中で利用してる人を見かけないので、ニーズとの不合致のひとつのエビデンスといえよう(サンプルにバイアス有り)。

というわけで、マスクを供給すること自体は受益者のニーズとはあっているが、今回の特殊な布マスク製品自体のニーズは高くなかった。そして、別にニーズ調査も申請もなしに、問答無用に空き家を含めて全戸に2枚ずつ配布するというアプローチの「妥当性」は、どう考えても低い。(実際には、もっと関連データを集めたちアンケートなどをしてエビデンスを集める必要があるけど)

効率性(efficiency)
(投入と効果的に活用され、成果を産んだか?)
次に見たいのは効率性だ。まずは、かかるコスト(予算)とアウトプットの関係で分析する。

これはまた自分が評価者だったら、おおいに困惑させられる部分だろうなあ。何しろプロジェクトの予算が当初の466億円から90億円程度に下がった、という摩訶不思議な経緯がある。これだけみると、当初の5分の1程度の投入(インプット)でアウトプットを出せたわけなので、効率性は高くなる。
しかし、最初のコスト計算との乖離が激しすぎる。当初のプロジェクト設計自体に問題があると言わざるを得ないし、「調達」にも不透明さが残っている。また、アウトプット(マスク)の質にも問題があり、本来なら不必要な検品作業が生じているので、投入が効率的に成果を産んだかどうかには、大いに疑問である。

さらなる問題は、アウトプットのタイミングである。通常「効率性」の評価には、このタイム・ファクターも重要になる。

何しろこのマスクはまだ全国でほとんど配られていない。47都道府県でみると、今日時点のところ13都道府県で「配付中」という状況だ。

政府の発表によると、いまのところ1450万枚を配り終えているらしいが、これは全体の1割強らしい。

もしこれが、現在のようにマスクが市場に溢れる前に全戸配布が終わっていれば、タイミングよくアウトプットが出た=「効率性」はある程度は高かった、と評価できるのだが、現状はまだ1割強しか配布できていない事実から導かれる結論としては、「効率性は極めて低い」とならざるを得ない。そして、マスクが届いていない県の多くですでに緊急事態宣言が解かれている。つまり、緊急ではないタイミングでマスクか届くことになるわけなので、本当に残念なことである。

有効性(effectiveness)とインパクト
次にみるのは、まさにこのマスクが「受益者や対象社会に便益がもたらされているか」である。このプロジェクトのゴールは何か?
いちおうマスクなので「感染拡大防止」としておこう。

ということは、有効性とインパクトで見ていくべきことは、アベノマスクがいかに「感染防止」に役立ったかである。

まず、そもそもの前提として、布マスクの感染防止効果自体が疑問視されている。どうやらつけないよりはマシのようだが、扱いの難しさもあり、まだ布マスクも効果は国際的にも見解が大きくわかれている部分だ。さらにアベノマスクは通気性抜群のようなので、その効果のほどは詳しい検証を待ちたい。

さらに、このマスク「が感染拡大防止に寄与したよ!」というゴールの達成には、マスクを手にした人たちが毎日きちんとマスクを洗い、外出時にきちんとつけ続ける、というシナリオが織り込まれている。しかし、現在アウトプット(マスク)の品質やサイズに問題が生じていることもあり、自宅に届いても利用していない人も少なくないようだ。したがって、今の所、適切な便益(感染防止)をもたらしているかどうかは……不明である。

ここまではあくまで個人レベルの感染防止の話だが、さらに社会的なインパクトを測るには、社会における「感染者数」とアベノマスクの因果関係を詳しく測定しないといけない。

繰り返しになるが、まだ受益者にアウトプット(マスク)が届いていない地域ではその感染拡大防止効果はもちろんゼロだ。一方、配布が済んだ対象地域でインパクト(感染拡大防止の程度)を知るには、受益者の実際の活用状況とその人の健康状態を紐付ける必要がある。(仮に学校を作っても、生徒が学校きて勉強しないと社会の教育的効果がないのと同じで、大勢の人が該当マスクをつけ続けることが前提)

つまり、毎日2枚のマスクを洗ってきちんとつけて過ごしてる人々をまとまった数で発見(グループ1)し、さらにその人たちの健康状態をある程度の日数で追跡しないといけない。結構骨の折れる作業だ。さらに、そのマスク着用グループ(グループ1)と、マスクをつけずに過ごしている人々(グループ2)と比較すれば、より正確に社会における「インパクト」が測れるはずだ。

まあ、そこまでしなくても、使い捨てマスクが簡単かつ安価に手に入るいま、アベノマスクを使っている人は少なく、また今後さらに減っていくと考えるのが自然なので、重ね重ね残念だが、アベノマスクのインパクトは今のところ極めて微小に収まる可能性が高い。(まあハッキリいえばお金の無駄遣いになるだろう)

最後に「持続性(sustainability)」である。
プロジェクトの効果は、プロジェクト終了後も続くだろうか?
この布マスクは、あちこちで洗ったら縮んだなどの報告があり、その耐久性には問題があるようだ。どうも「持続性」は最初からつまづいた格好だ。

しかし、「持続性」に関してきちんとした結論が出せるのは、配布が終了した数ヶ月後になる。したがって結論はペンディングにしておきたい。

以上は、一昔前の古びた杵柄を利用した勝手な見立てであり、データセットも手元に揃っていないので、上記の結論は疑問視してくれて全くOK。結局何が言いたいかといえば、これだけ大規模に税金を使うのならば、きちんとした評価者がしかるべきデータと方法をもって評価すべきだということだ。しかし、残念ながらこの日本には政策やプロジェクトを評価分析するというカルチャーが浸透していない。それが残念なので、雑すぎるなのは承知で、あえて書いてみた。

あああ、結論はみんながすでにわかりきってることだったよね。
全くどうでも良いことに時間を使ってしまったなあ。
しかも内容も別に面白くないし。
最後まで読んでくれた人はお疲れ様でした。
明日からはまた普通の日記に戻ります。



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