【241日目】たくましいふたり


February 10 2012, 6:13 PM by gowagowagorio

9月28日(水)

昨夜、ミノリはミルクを飲まずにさっさと眠ってしまったせいか、1時頃に目覚めてぐずり出した。

ちょうどいい具合に心地よく眠りに引き込まれかけていた僕は、正直なところ、ベッドを抜け出してミルクを作りに行くのが面倒臭かった。

こういう場合、どうするか。

ひたすら寝たフリを決め込んでやり過ごすのである。そのうち、疲れてまた眠ってくれるだろうという淡い期待を抱いて。

ところがミノリは、号泣こそしないけれど、いつまでたってもグズグズ言っている。

僕は壁際に寝返りを打ち、「んん、んん」という、ミノリのすすり泣きを、「勝手にしやがれ」の主人公ばりに背中で聞きながらハッキリしないヤツだな、泣くなら思い切り泣けよ、泣かないならさっさと泣き止め!と、実に自分勝手な心境で成り行きを見守っていた。

ふと、すすり泣きが止んだ。

再び寝返りを打つフリをしてミノリの方へ身体を向け、薄目を開ける。窓から差し込む月明かりがミノリのシルエットを浮かび上がらせる。

ミノリはダメ親父が起きないとみるや、むくりと身体を起こすと、頭をぐるりと巡らせて部屋を見渡した。そして、出窓のところへ置いてあったミノリ用の水が入ったマグを見つけると、器用に出窓へよじ登った。ミノリはそこへちょこんと腰掛けて一息付くと、おもむろにマグの把手を左手で掴み、次に右手でくわえていたシャブリを外し、正確にストローをくわえこんだ。

ごくごくごく。静寂の中にミノリが水を飲み下す音が響き渡る。

「ぶはーっ」

マグに半分ほど入っていた水を一気に飲み干し吐息をつくと、ミノリは、再びシャブリを正しくパクリと加え、マットレスに降りてきて、愚図る事もなく自らごろん、と寝転がった。

・・・何なんだ、今のは。

僕は目の前の光景が俄には信じられなかった。夜行性動物の、滅多に見られない行動をカメラが捉えた気分である。

ミノリはミルクが飲みたかったはずだ。今までのミノリなら、ミルクが提供されるまで泣き声をエスカレートさせる場面である。

喉が渇いていたのもあるだろうが、ミルクの代わりに水で妥協する事を覚えたというのか。それに、驚きなのは何と言っても今の自立した行動だ。僕の知っている限り、昼間にあんなに逞しい行動を見せた事などない。何か欲求があるときはひたすら泣くだけである。

今のは明らかに、「泣いてもこの人動かないな、しょうがない、自分でやるか」という、「人を使う事を知っている人間」の行動に見えた。もしかしたらミノリ、昼間はできないフリをしているだけなのかも知れない。

その後、ミノリが泣く事はなかったが、なかなか睡魔の尻尾を捕まえる事ができなかったようで、マットレスからベッドに上がってきて、僕に身体を寄り添わせ、眠ろうと努力するのが印象的だった。

ごろごろとのたうち回りながらも、常に身体の一部を僕にくっつけておきたがるのだ。足を僕に絡ませたり、手で僕のTシャツの胸ぐらを握ったり、髪の毛を引っ張ったり。基本的にはやはり寂しがりなのだ。

僕もミノリが気になってしばらく眠る事ができなかったが、もちろん、悪い気はしない。

−−

昼間のマンネリ感は相変わらずである。

普段通りに朝家を出てスターバックスで日記を書き、昼食を食べて帰宅、パドルとトレーニングをして部屋へ戻る。と、エリサとミノリがいない。

大方、プレイグラウンドにでも行っているのだろう、とナツモの部屋から下を見るが、そこにも二人の姿は見えない。すると、フォーラムにでも行ったか。いずれにしても対して心配はしなかった。

そう言えばビールがなくなったなと思い出し、タングリンモールへ買い出しに行く。帰宅する頃にはエリサとミノリも戻ってきているだろうと思ったが、僕が戻っても家の中はもぬけの殻だった。もう19時を回っている。

流石にちょっと心配になってきた。治安がいいシンガポールで誘拐はないだろうが、事故の可能性はある。

もしくは・・・ミノリに情が移ったエリサが、こんなダメ親父にミノリを任せられないと、家出?そんなことまで考えてしまう。一人でいるというのは、そういう事だ。

しかしもちろんそれは杞憂に終わり、程なくしてエリサとミノリは戻ってきた。案の定、フォーラムへ行っていたと言う。恐らく、ミノリを遊ばせながらもメイド仲間と話が弾んでいたのだろう。

「メモぐらい置いていくべきだよ。何処へ行って、何時ごろ戻るのか」

という台詞を英語で考えておいたのだが、ミノリの世話を大分してもらっている、といいう負い目からか、その台詞がエリサに向かって放たれる事はなかった。

夕食の後、日本の母親から珍しくスカイプが入った。応答すると、画面に映っていたのはナツモである。

日本はまだ残暑の厳しい時期だろうが、こちらと比べて湿度が少ないせいか、ナツモの髪の毛がさらさらとして、顔全体がスッキリして見える。髪が真っ直ぐだと、しばらく切らずに伸ばし放題の状態が目立つ。

今夜、アキコは飲み会で帰宅が遅い。いつもはナツモを預かってもらう事の多いアキコの実家が諸用で不在のため、ナツモは僕の実家に預けられているのだ。

僕の記憶が確かなら、アキコも僕も、アキコの母親もいない、本当にナツモ一人という状態で僕の実家に預けられるのは今回が初めてではないだろうか。人見知りなナツモだから、ナーバスになるのではないだろうか。僕の両親は、アキコの両親と比べるとナツモに接している回数が格段に少ないのだ。僕は画面越しに多少なりとも気を揉んだ。

ところがそんな心配は一瞬にして、むしろ僕の母親がナツモの傍若無人ぶりに耐えられるだろうか、という心配にとって替わった。

画面の向こうでは、僕の母親が「危ないからヤメて!」とオロオロしながら叫んでいる。ナツモがそれを楽しむかのように、ニヤニヤしながら不安定な椅子をぐらぐら揺らしているのが見える。

逞しくなった、と言っていいのだろうか。

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