【86日目】シャングリ・ラ 彼女は食べた 趣は良し


May 2 2011, 4:18 AM by gowagowagorio

4月26日(火)

「これがカズマだから、あとコノミちゃんとキコもかいて。あとおなまえも」

クリエイティブディレクター・ナツモの指示のもと、ノートの切れ端を飾り文字とイラストで彩って行く。今日は毎度お世話になっているSTK家の長男カズマの4歳の誕生日。今は昨日のうちにナツモが選んで買っておいたプレゼント(折り紙)に添える手紙を制作中なのである。

ナツモは今日の主役、カズマだけを直筆のイラストで書き下ろすと、後は図案を僕に指示するのみで自ら手を動かす事はない。その風格たるや、大物漫画家先生の域だ。

「あと、はーともね。いろんないろでかいてね。ちっちゃいやつ」

こうして完成した手紙の出来映えに満足気な表情を浮かべるナツモ。さて、このプレゼントを渡す場所へ出かけるために、今度はナツモが着飾る番である。

今日はSTK家に同行し、シャングリ・ラホテルでビュッフェディナーなのだ。シャングリ・ラと言えばなかなかいいホテル、いくら毎日Tシャツ短パンサンダルの僕だって多少はカジュアルアップする。そう、襟付きシャツとジーンズ、スニーカーぐらいには。当然ナツモにもオシャレをしてもらわねばならない。二人で素早く入浴を済ませた後、ナツモに念を押す。

「もっちゃん、可愛くてオシャレな服選びなね」

「うん、いいよ!」

任せとけと言わんばかりに自らクローゼットを開き、ワードローブを物色するナツモ。

「これがおしゃれだよ!」

ナツモが自信満々に取り出したのは、地味なベージュのパンツと、白地になんだかよくわからないインディアン柄のTシャツだ。それはどう見ても、これから虫取りに行く子供の夏休みファッションである。

「もっちゃん、他のにしたら?ワンピースとか」

「やだー、このずぼんはきたい」

「でもTシャツはオシャレじゃないよ」

「でも、がーるだっててぃーしゃつきていいんだよ」

服の嗜好が親の影響を受けるとは限らない。どんなに親の趣味を押し付けようとしても、ナツモの好みがブレる事はない。それはそれで素晴らしい事ではあるが、TPOに合わせる事を覚えるのもまた大切だ。真のオシャレとは知識と学習によって身につけるものだ。

そこで、腰を据えて説得にかかる。

「その服はもっちゃんに似合うし、ただカズマのお家に遊びに行くだけならそれでもいいけど、今日はみんなオシャレして来るんだよ。もしもっちゃんがいつもと同じようなカッコできたら、カズマが残念がるよ。あー、もっちゃんお祝いしてくれないのかなーって」

100%理解したとはいかないまでも、なんとなく、僕の言わんとすることを了解した様子のナツモ。「じゃあ、どういうの?」と学ぶ姿勢を見せてくる。よしよし。

「もっちゃんはこのズボンがどうしても履きたいんでしょ?」

「うん」

「これを履くなら、このピンクのハートとか、あと、そうだな、この青いお花のヤツでもいいかな」

僕が示した青い花柄のキャミソールにナツモが反応する。

「このおはなのやつがいいって、もっちゃんずっといってたんだよ」

今までそれは全く眼中になかったクセに、如何にも自分でコーディネートを決定したかのような口ぶりだが、まあいい。

こうしてようやく服装が決まった直後、呼び鈴が鳴った。

迎えに来てくれたSTK家の奥さん・クミコさんの運転で一路シャングリ・ラホテルを目指す。

ナツモはまるで自分の家の車に乗り込むように、手慣れた様子でずかずかと乗り込み後部座席に陣取った。STK家の子供達全員も乗っている。

STK家夫妻は大のHR/HM好きである。それ故にカーステレオからは今、ガンズのSweet Child O’ Mineが大音量でかかっている。驚くべきことに、今日の主役、カズマはそれに合わせて気持ち良さそうに鼻歌を歌っている。ガンズを口ずさむ4歳児など、世界を見渡してもそうそういないだろう。

しかし、その歌を聞きながらも、僕の頭の中では電気グルーヴの例の曲がリフレインするのであった。

♪シャングリ・ラ彼女の語った ユートピア眩しい・・・

シャングリ・ラホテルに着いた、趣きは良し。初めて訪れたその場所は、ゴージャスの一言に尽きる。恐らくシンガポールの伝統衣装なのだろう、ベルボーイが珍妙な帽子を被って迎えてくれた。

STK家の頼れる長女、ちょっとませているコノミちゃんが、天井にぶら下がる巨大なシャンデリアを見上げて呟く。

「あのシャンデリア、すっごく高いんだよ。きっと4000円より高いよね」

微笑ましいものである。

そして一行は、まっすぐ地下1階にあるビュッフェダイナー、「ザ・ライン」へと向かう。足を踏み入れ息を飲む。白を基調としつつ、シックなオレンジをアクセントに使った内装は洒落ているの一言だ。そこに整然と並ぶ、和洋中印伊新折衷の料理たち。ゴージャスなデザート、ケーキ、チョコレートファウンテン。それらを見て回るだけでも充分に楽しい。

席に付き、カズマに向かって乾杯した後は、各自が思い思いに料理を物色して回る。悔しいが、全種類は絶対に食べきれない。どの料理にフォーカスするのか、それを考えるのもまた楽しい。

ナツモは、コノミお姉ちゃんにすっかり懐いた様子で二人連れ立ってパスタを取りにいったりしている。たまにはこんな誕生日パーティもいいものである。

さて、これは最初から予想していたことだが、ナツモはパスタを一皿平らげると、早速チョコレートファウンテンの虜となった。気付くと一人でチョコレートの滝を目指してテーブルを離れる。STK家の旦那さんが、料理の皿を持って席に着くなり報告してくれた。

「もっちゃんが、チョコレートファウンテンの前に陣取ってるよ!」

僕はその姿をありありと想像することができた。チョコレートの滝を目の前に串を両手に持つナツモ。片手の串をチョコレートの滝へかざしつつ、片手の串を口へ運ぶ。そうやって次から次へとマシュマロを胃袋に収める。なんたるお行儀の悪さ。しかし、誰がそれを止められるだろうか。止める術などありはしない。

そして、席に戻ったナツモの姿を見た我々は、しばし目を奪われた。目と額以外すべてがチョコレートで覆われている顔は、戦化粧を彷彿とさせる。まだ満足しきっていない目はギラギラと輝き、両手には鋭く長い串を握りしめている。その姿でテーブルの傍らに仁王立ちするナツモは、まるでパプアニューギニアの戦士のような迫力に満ちていた。 

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