【215日目】オーバーヒート


October 6 2011, 5:59 AM by gowagowagorio

9月2日(金)

昨日、ナツモはあれだけ元気だったから、今日はもう様子見の段階、念のため安静にさせておく程度の段階とばかり決めつけていた。だから、今日は僕も看病疲れを癒そうと、スターバックスに寄ってのんびりコーヒーなんぞを飲んだりした訳だ。

しかし、帰宅してみると、どうもナツモの様子がおかしい。ぼーっとしているし、何を語りかけても反応が極端に薄いのだ。普段からよく知らんぷりをされて憤慨したりしてはいるのだが、今日はそれにしても増してあまりにも暖簾に腕押し状態である。

熱を測ると37.6℃、平熱ではないものの、そこまで高くはない。しかし、これなら発熱初日の39℃の時の方がよっぽど元気だった。原因はなんだろうと訝っていたが、ナツモが突然癇癪を起こし始めた時にそれが判明した。

「でない!でない!おはな!」

ナツモは鼻を押さえ、頭をかきむしってのたうち回っている。少々大袈裟だが、要は鼻が詰まって呼吸が苦しいのだろう。

そして、たぶんナツモは、インフルエンザから来る急性副鼻腔炎なのだ。時折ナツモの鼻から垂れて来るどろっとした黄色い鼻水を見れば一目瞭然である。

僕は慢性的に副鼻腔炎によくかかるため、ナツモの苛立つ気持ちはよくわかる。あれは鼻呼吸ができないだけではなくて、鼻の周りに膿が溜っている不快感、そしてそれを出したくても出せないもどかしさが常につきまとい、加えて空冷式の脳みそに空気が送られないため、頭がグラグラと茹で上がる感じがして無性に苛立たしく、そして身体が異様にダルいのである。

昨日から鼻は詰まっていたようなので、鼻詰まりに効く鼻翼の脇のツボをマッサージしてやっていたのだが、ナツモはその効果を認めたらしく、今日も僕に懇願してくる。

「おはなやって!はやく!」

僕は副鼻腔炎の辛さをよく知っているから、請われればその都度、根気よくマッサージを施してやる。しかし、所詮はその場凌ぎである。

極めて軽くマッサージしているつもりだが、ナツモの鼻の周りは既に僕の指の痕で真っ赤になっている。それでも、マッサージをやめれば鼻詰まりの症状が復活してしまうため、ナツモの苛立ちは時間を追うごとに酷くなっていく。

それは夕方になって爆発した。

ナツモがアキコに電話をかけたいと言う。ずっと屋内にいて退屈なのと、体調が悪くて母親に甘えたいという気持ちがあるのだろうと、僕は固定電話の子機をナツモに渡した。

ナツモは時々僕に確認するものの、アキコに繋がる番号をほぼ記憶している。

「つぎは?さん?つぎも?さん?」

この時点ではまだ可愛気があった。しかし、めでたくアキコに電話が繋がり、一通り会話を終わらせた後に異変が訪れる。

電話をしたいと言い出したのはナツモのクセに、いざ電話が繋がるとろくに会話もしないので、「・・・もういいの?じゃあ貸して」とナツモから子機を受け取り「じゃ、そう言う事だから。また後ほどー」と僕は電話を切った。

ところが、ナツモは電話を切ったそばから

「もっかいでんわする」と言う。

「ダメだよ。今お話しただろ?」

「イヤだ、でんわ」

「ダメ」

「イヤだ、でんわ!」

「・・・」

どうやらこのままでは収まらなさそうなので、僕は一つ約束させた上で、もう一度だけ電話をかけるのを許可しようと考えた。

「あのね、電話は一回で用件を終わらせるものなんだぞ。何回もかけ直さない。マミーは仕事中だから。わかる?それが約束できるなら、かけてもいいよ」

「イヤだ、でんわ!」

「・・・」

なんだこれは。ナツモはもう、僕と会話などしていない。

「だから!約束できるんなら、かけてもいいって言ってんだろ?一回でお話終わらせられる?」

「イヤだ!でーんーわー!」

ナツモの声はもはや金切り声になっていた。

これはちょっと手がつけられない。僕は少しの戦慄を覚え、途方に暮れた。ナツモは何を言っても、なだめすかしても「イヤだ!」と叫ぶばかりで、後はずっと頭を抱えて不快な金切り声を喉の奥から絞り出している。その様子はちょっと普通ではなく、僕はタミフルの副作用を疑ったほどである。

しかし、そもそもナツモはタミフルを処方されていない。だから薬の副作用であるはずはないのだが、空冷が効かずにオーバーヒートしたナツモは制御不能で、もう成り行きを呆然と見守るしかなかった。

ベッドの上をごろごろのたうち回っているナツモの横で、僕は努めて平静を装い、アイフォンをいじりながら過ごす。

15分ほどそうしていただろうか、気が付くとナツモは静かに寝息を立てていた。

−−

2時間後に目覚めたナツモは、さっきの大騒ぎなどまるでなかったかのうようにスッキリとした顔で擦り寄って来た。

「ねえ、おとうちゃん。おえかきしよっか」

・・・まさか、さっきのご乱行は、副鼻腔炎のせいだけではなく、単に眠かったから?ミノリが眠れずに泣き叫ぶのと、まさか同じレベルで?仕方ない、ナツモはまだ病人なのだ、と思う事にしておこう。

実際ナツモはまだウィルスを飛ばす病人である。だから、感染してはマズいとミノリを遠ざけようと四苦八苦するが、如何せんミノリはナツモの事が好き過ぎる。どんなに引き離しても悲劇のヒロインよろしく泣き叫び、不屈の精神でその距離を乗り越えようとする。確実に引き離すための唯一の方法は、常に抱きかかえておくことだけである。

しかし無理に抱っこしていると、ミノリは僕の胸ぐらを掴んで前後に揺さぶって来る。

「降ろせ!今すぐワタシを行かせろ!」

台詞を当てるとしたら、こんな感じだろうか。ミノリの凶暴さに一層磨きがかかってきている。

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