見出し画像

Nascita Ⅲ(三女の場合)

産院の外へ出ると、一面の銀世界だった。

先ほどニュースで見た映像ではすぐお隣の渋谷には雪などまったく積もっていなかったというのに。

僕は取り急ぎ、妻の母親に連絡を入れた。

「もしかしたら今日産むかも知れません。うん、帝王切開です。確率は・・・7割ぐらいだそうです」

それは奇しくも、タコ入道が妻に示した外回転術の成功率と同じ数字だった。

僕は近くのすき屋で牛丼を掻き込むと、会社に午後半休する旨を伝え、すぐさま病院へ引き返した。

時計はちょうど14時を回ったところだった。

「どう?」

「うーん、高いままだね」

ミミオの心拍を示す数値は相変わらず170台と180台を行ったり来たりしていた。

ほどなくしてタコ入道(名医なはず)がやって来た。

「うーん・・・やっぱりダメかな〜・・・」

モニターを睨むタコ入道(名医であってほしい)に、妻が恐る恐る尋ねる。

「これって、外回転でムリに回そうとしたことが原因ですか?」

「んー、ちょっとわかんない」と、タコ入道(・・・名医〜・・・)。

それからしばらくの間、沈黙が部屋を包んだ。三者三様にモニターを見つめる。この時点で、もはやオプションなどないことは分かっていた。タコ入道のその一声を待っているだけの時間である。

そして、14時20分ごろ、ついに。

「・・・ダメですね、やりましょう」

タコ入道は、外回転術の実施を決めた時とまったく同じ口調で告げると、看護師にあれこれ指示を出し始めた。

(外回転術の7割はあっさり失敗して、この7割はあっさり的中かよ〜)

決断は下されたが、こっちの気持ちが整わない。そんな気持ちはお構いなしにタコ入道は続ける。

「今帝王切開となると、まださすがにちょっと時期が早いんでね、その後ウチだと見きれないんで、東京医大から小児科の先生を応援に呼びますから。到着し次第、立ち会っていただいて手術しますね」

なんでも、救急隊も一緒に待機し、産まれたミミオはそのまま東京医大病院へ救急搬送されていくという。

「それから、これが帝王切開の説明と同意書です。まあ、いろいろとリスクはあるんですけど、一番コワいのは肺血栓塞栓症で、これ下手すると死んじゃうんでね。その予防策なんかの説明も書いてあります」

肺血栓塞栓症とは、平たく言えばエコノミー症候群である。帝王切開後、時々聞く「母親の容態が悪化し・・・」みたいな事の典型的なパターンの一つらしい。

現代医療は僕が思っているよりずっと進化しているのだろうし、タコ入道のことも信頼している(するしかない)。帝王切開だってこの人達にとっては日常茶飯事だろう。

しかし。

こうして現場に当事者として直面すると、聞き慣れた「帝王切開」というコトバが圧倒的な緊張感を伴って胸に迫って来るのである。

ましてや今回は、本来の出産予定日から5週も早い。不安がよぎらない方がおかしい。

僕は処置室の外へ出て、再び義母に連絡を入れた。

「やっぱり切る事になりました。はい、大丈夫です。終わったらまた連絡入れますね」

なるべくライトに。まったく心配ないと言う風に伝わるよう、声色に気を遣った。それは、自分自身を落ち着かせるために他ならなかった。

きっかり15時。処置室に入ってきた看護師がタコ入道に告げた。

「小児科の先生が到着しました」

続いて入ってきた僕より遥かに若いであろう長身の男性(背は僕の方が高いけど)がタコ入道に軽く会釈をすると、ミミオのモニターをチェックした。

タコ入道と長身小児科は、医師同士にしか解らない言葉のやり取りを二、三交わした。

よく見ると、いつの間にかタコ入道は真っ青な手術衣に着替えていた。

「始めましょうか」

タコ入道の合図で、僕は部屋の外へと追い出された。ロビーと処置ゾーンを分ける磨りガラスの自動ドアが閉まると僕はもう指をくわえて無事にオペが終わるのを祈るだけである。

磨りガラスの向こうで、人々が手術室に飲み込まれて行くのが見えた。僕はそれを確認すると、ロビーのソファに腰掛けた。

出産を待つという気分ではなかった。医療ドラマでよく見るような、難しい手術が終わるのを待つ家族の気分だった。気を紛らわすために、再びiPhoneをいじる。Facebookを開くが、タイムライン上の文字や写真は網膜に映って通り過ぎるだけで、まったく脳に入って来ない。

そんな中、なぜかシェアされていたひとつのリンクに指が止まった。かの孫正義の記事だった。曰く、「ビジネスで成功したかったら、相手の予想を遥かに上回る圧倒的なスピードを身に付けろ!」というものだった。

うえええええ!うええええ!

その時、院内に産声が響いた。直感でミミオだと思ったが、ここには複数の妊婦が入院している以上、他人の赤ん坊である可能性も否定できない。ともかく現場にいない僕に確認する術はなかった。

ただ、仮にミミオだとしたら、それは早産の子とはとても思えないほど、大きな泣き声だった。

磨りガラスの向こうで、人の動きが慌ただしくなるのが見える。そして、ドアが開いた。

「池さんの旦那さま、どうぞこちらへ!」

午後3時26分。

ミミオは、親の予想を遥かに上回る圧倒的なスピードで産まれてきた。しかも、保育園4月入園の権利を自力でもぎ取るオマケ付きである。

コイツは将来スゴいビジネスマンになるという暗示なのか・・・?もしや我々夫婦の老後は安泰なのでは・・・?嗚呼・・・孫正義のせいで、我が子との初対面という大切な瞬間にアホなことしか想像できない・・・

看護師に誘われるままフラフラと入室する。

「おめでとうございます!」

うええええ!うええええ!

ああ、あの声はやっぱりミミオだった。

処置台の上で、まだ羊水に濡れた紫色の赤ん坊が手足をばたつかせている。

思ったより、ちゃんと新生児だった。未熟さは微塵も感じられなかった。そして、ミミオは毛むくじゃらだった。特に、肩から背中、上腕の裏側はビッシリと毛に覆われている。これが早産ゆえのものなのかはわからない。

女の子だから、この毛が残ったら可哀想だなあ。

早産の割に、体重は2322gあった。このまま予定日まで育っていたら、どれぐらいになっていたのだろう?

骨盤にねじ込んで出て来る必要がなかったからか、アタマは尖る事もなく、とても綺麗な形のままだ。髪の毛もフサフサしている。

初対面の時、時間にしてほんの1分程度の間に僕が確認し、感じる事ができたのは、そのぐらいのことだった。次の瞬間にはもう、看護師がミミオをひょい、とつまみ上げていた。

え?もう行っちゃうの?

「その前に、お母さんにも一目だけ・・・」

看護師は傷口を縫合している妻の元へ小走りでミミオを見せに行く。

「はい、元気な女の子でしたー!」

続いてミミオは首尾よく保育器に収められ、救急隊に委ねられると、あっというまにS山産婦人科を去って行った。まったく感慨に耽る間もなかった。

ミミオよ、オマエは本当に産まれた瞬間からスケジュールが分刻みのビジネスマンのようだな・・・孫正義もビックリだ・・・

ミミオが去ってしまうと、病院全体がある種の緊張感から解放された雰囲気に包まれた。

妻は未だ傷口の処置中で、僕は「がんばったね」と労いに行く事も許されず、しばらくロビーのソファで放心していた。

と、そこへ、まだ手術衣のままのタコ入道が現れ、僕の元へと歩み寄って来るのが見えた。

タコ入道は右手に何やらジップロック的なビニール袋をぶら下げている。袋の中は、紅ショウガ色の液体で満たされているようだった。

「手術は無事、終わりました。ちょっといいですか?」

タコ入道は、液体で膨れ上がったビニール袋をたぷたぷ揺らしながら僕をナースステーションへと誘った。袋の中身が何なのかはすぐに分かったが、形式上、聞く。

「それ、なんですか?」

「胎盤です」

タコ入道は、ナースステーション内の空いている椅子に「よいしょ」と腰掛けると、僕にも椅子をすすめた。

どちゃっ

そして、重量感たっぷりのビニール袋を無造作に床に置くとおもむろに封を開けた。その中には巨大なレバーを想像させる肉の塊が浸されている。

タコ入道は液体に手を突っ込み、素手で胎盤を引っ張り上げようと試みるが、なにせ、羊水的な液体が満タンに入っている袋である。今にもこぼれそうだ。見兼ねたのか、看護師が声をかける。

「せんせ、持ってましょうか?」

「んー、こぼれちゃうからね」

(だから、看護師さんが持つって言ってると思うんだけど!)

心の中で激しく突っ込みつつ、タコ入道の手先を見守る。

結局、タコ入道は液体がこぼれるのも構わず胎盤を引っ張り上げると、看護師から巨大なピンセットを受け取り、表面を覆っている皮膜をつまんでめくってみせた。

「ここ、ほら」

いや、先生は慣れっこなんでしょうけど、まじまじ見せられるとけっこう・・・なんというか、グロテスクなんですけど・・・

「これがヘソの緒なんですけど、胎盤の端っこに付いてるんです」

「と、おっしゃいますと?」

「普通、ヘソの緒は胎盤のだいたい真ん中から出てるんですね」

「ははあ」

「でもほら、こんなに端っこなんです」

と、言われても、僕には胎盤の何処が真ん中で、何処が端っこかもよくわからない。まあ、タコ入道がそう言うのだから、端っこに付いているのだろう。

「これは・・・珍しいんですか?」

「珍しいですねえ」

「ははあ、だから逆子が直らなかったんですね!?ヘソの緒が端っこのせいで、回ろうとしても引っ張られたりして!」

「んー、そうとも言えるし、そうでないとも言えます」

「・・・なるほど。これは検診では発見できないものですか?」

「できないですね。仮にこの状態に気がつかずに骨盤位が直っていて、そのまま無痛分娩していたら、あるいは・・・」

「赤ん坊は危なかったってことですか!?」

「んー、そうとも言えるし、そうでないとも言えます」

「・・・なるほど・・・」

「でね、ここにちょっと血の塊があるんで、 おそらく胎盤がはがれかけたのかもわかんない」

「ははあ・・・その、外回転術のときにですね?」

「んー、わかんない」

「・・・よくわかりました」

ここは手術室ではなく、ナースステーション。手術衣のままの医師がぬらぬら光る胎盤を鷲掴みしつつ僕と禅問答を繰り広げる横で、看護師が出産予約の電話応対をしているシュールな光景がこの出産を通して最も鮮明な僕の記憶となった。

そして妻はこの出産を終えた今、自然分娩、無痛分娩、帝王切開とありとあらゆる分娩法を体験した貴重な人材になった。その功績を讃え、「マスター・オブ・プレグナント」の称号を勝手に与えたいと思う。

——いや、まだ水中分娩とかいう方法が残っているな……

イケるのか、オレ!?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?