【224日目】大掃除、おつカレー


October 18 2011, 8:29 PM by gowagowagorio

9月11日(日)

額付近の、「ぷちっ」という感触で目が覚める。

そして顔にかかる野生動物のような吐息。

・・・ああ、まただ。

最近、前髪付近のボリュームがあまりなくなった気がするのは、決して年齢のせいなんかではなく、ミノリが毎朝起き抜けに僕の髪の毛を引っ張っているからに違いない。頭髪の延命のために、これからミノリより早く目覚めるよう心がけなくてはなるまい。早起きは(頭髪)三本の得である。

−−

朝食後、不要な物で溢れたナツモの部屋を片付けにかかる。

ナツモの部屋は子供部屋と言うより、大掃除前の会社の資料室のようだ。月末、日本から友人がやって来てこの部屋に泊まる予定なのだが、現状、とてもゲストを招き入れるような状態ではない。加えて我々は水曜日からバケーションでバリへ旅立つ事になっているから、今のうちに片付けてしまおうと言う訳だ。

ナツモがもう少し成長していたなら、当然本人にやらせるところだが、この散らかり具合、ナツモにとっては少々難易度が高すぎるため、アキコが陣頭指揮を取る。

片付けのセオリーは当然、「とにかく捨てる」である。しかし、予想はしていたが、ナツモにそれは受け入れられなかった。

学校で作った空き箱工作の山、描きかけの絵の山、クシャクシャの折り紙、「これ捨てて良い?」と聞いた物はすべて「ダメ」と拒否する。遅々として進まない片付けにアキコが苛立つ。

「もっちゃん、お部屋広くするんでしょ?このままだと全然広くならないよ」

「おへやはひろくするの!」

「じゃあ、これは捨てていいね?」

「ダメ。すてない」

「・・・あのね」

アキコとのやりとりを僕は一歩下がって眺めていた。

部屋は広くする、でも物は捨てない、と強硬な態度を貫くナツモの姿が、電話帳をエンジニアに見せて

「このサイズに収まるコンピュータを。ただしスペックは落とさない」

と言う一見無謀なディレクションでパソコン界に革命を起こしたジョブズに重なって見えてきた。

「・・・もしかして、天才かな?」

思わず呟いた僕を、

「アホなこと言ってないで早く片付けてよ!」

とアキコが一蹴する。ごもっともである。

ひと騒動の後、ナツモの部屋がなんとか普通の子供部屋らしくなってきたところで、もう昼時である。

今日はエリサがオフのため、アキコ自ら腕を振るってパスタを作る。ベーコンを使ったオリジナルレシピのパスタだ。

当然、好き嫌いの激しいナツモも食べそうな味付けをちゃんと心がけてある。ナツモは洋風のミートソースは食べないから、醤油を利かせた香ばしい和風に仕上げてあるのだ。

そこまでしてサーブされたパスタを、予想はしていたが、ナツモは「いらない」と拒否した挙げ句、「ちゅるちゅるつくってよ!」と傍若無人ぶりを発揮する。パスタだってちゅるちゅるだが、ナツモが昼食時に言うちゅるちゅるとは、うどんの事を指している。

「家族なんだから、同じご飯食べなよ」

「なんで!とくべつがいいの!」

自分は特別扱いが当たり前だと思っているあたりがまた腹立たしい。午前中の片付けの時から、夫婦でナツモに対しての不満が溜まっていたのだろう。滅多にない事だが、アキコと僕は二人で同時にナツモを叱責し始めた。

「同じゴハン食べないと家族じゃないからな」

「ご飯食べなくて、後でお腹が空いても、お菓子なんかぜったいあげない」

「もうお外で寝てもらうね」

夫婦揃って口々にナツモにダメージを与えそうな言葉を投げつけるが、論点が分散するこのような叱り方はかえって効果が薄い。

「だってこれキライなの!」

ナツモは我々の言葉に耳を貸さず、「嫌い」の一点張りだ。

「なんで嫌いなんだよ?大体、もっちゃんこれ食べた事あんの?」

と聞くと力なく首を横にふる。相変わらずの食わず嫌いだ。なぜ、一口試してから判断できないのか。

「もっちゃん、バカなの?食べた事ないのにキライって」

極めて温厚な僕も、思わずキツい言い方になる。

「ちーがーう!ばかじゃない!」

馬鹿呼ばわりされて怒るあたりは既にイッチョマエである。

既に自分の皿を空にしていた僕は、ここで席を立つ。今日夕方から開催されるBBQに提供するカレーの、足りない材料を買いに行かねばならないからだ。

−−

僕がタングリンで買い物を済ませて戻ってくる間に、ナツモの皿のパスタは奇麗になくなっていた。

「アッコが食べたの?」

「もっちゃんが食べたよ」

ナツモはアキコに上手い事説得されたようである。

曰く、アキコが

「一本だけ食べてみなよ。それでマズかったら、しょうがないからおうどん作ってあげる」

と下手に出ると、ようやくナツモは一口パスタを口にしたと言う。一口食べると案の定、それが美味しかったらしく、何も言わずとも自ら二口目を口に運んだそうだ。

「おいしいの?」

「ウン」

「全部食べる?」

「ウン」

なんという遠回り。一皿のパスタを平らげるのに1時間半はかかっている事になる。

今日はなかなか忙しい。昼食後はすぐにカレー作りである。もはや定番となりつつあるから、手際も大分よくなった。

思えば初めてカレーを作った時は一日仕事だった。それが、今日は14時前から作り始め、BBQが始まる16時半までの間にチキンティッカマサラ、サフランライス、ナンを仕上げたのだから、大分成長したと言えるだろう。それに、見た目もクオリティも悪くない。

・・・ただ、手伝ってくれたアキコに対し、シェフを気取った発言をしたのは失敗だった。

下ごしらえのみじん切りをこなしたアキコが、タマネギを刻み終わって「これぐらいでいい?」と聞いてきた時、僕は一言、ありがとう、と言うべきだったのだ。しかし僕は、まな板の上のタマネギを一瞥し、「うん、ムラをなくしてくれたらそれでいいよ」と言った。

その時アキコは顔色一つ変えなかったが、僕の言葉はどうやらアキコを怒らせたようである。

「油が熱くなる前にニンニク入れなきゃダメじゃん」

「サフランライスはいつ作んの?」

「ナンの材料はもう量ったの?」

「ホラホラ!掻き回さなきゃ焦げちゃうじゃん!」

その後、隙間なく畳み掛けられたアキコの言葉のラッシュに、僕はまったく対応できない。

「そんな一辺に言われてもできるわけないだろ!」

声を荒げた瞬間、僕は悟った。これは生意気な発言をした僕に対するアキコの仕返しなのである。何しろ料理の基本にかけてはアキコに一日の長がある。

−−

カレーを作っている間に、一つ興味深い事があった。アキコに「ニンニクは皮むくの?」と聞かれ僕が「もちろん」と答える場面があり、その時ナツモはリビングで何やらブツブツとゴッコ遊びをしていたのだが、次の瞬間、ナツモが「モチロンだから・・・」と、何の脈絡もなく、オウムのように、僕の使った言葉をリピートして自分のゴッコ遊びに取り入れたのが耳に入ったのだ。

これは、実は僕も子供の頃よくやっていた事だ。大人達が使う小難しい単語を、意味も分からず、オウムのようにその場で発音し、独り遊び(例えばヒーローごっこのような)の台詞にしていた。確証はないが、その遊びは、僕自身のボキャブラリを増やす土台となったのではないかと考えている。

ナツモは、僕と同じ遊び方を、誰が教えた訳でもないのに自分で始めた。そんな細かい部分で、親子だなと実感する。

−−

そして夕方。

BBQは今年の4月にこのコンドへ引っ越して来たインド系イギリス人ファミリーが主催し、イタリア人ファミリーのアンドレア&フランチェスカ、オーストリアとオーストラリアの一字違い夫妻トーマス&サラ、フランス人とメキシコ人夫妻エドワルド&ジュディ、と、すべてこのコンドの住人が集まった。

エドワルド&ジュディの夫婦以外は皆同じような年頃の子供を抱えているから、自然と会話は弾む。

今日のカレーとナンはお世辞ではなく、本当に売れ、すべて無くなった。パーティで自作の料理を皆が美味しそうに食べてくれるのはとても嬉しい事であるはずなのだが、いつもなら残った分を後ほど自分で食べるのが楽しみだったりするから、ちょっぴり残念である。

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