【182日目】合宿のトリは鳥で〆る


August 3 2011, 2:47 AM by gowagowagorio

7月31日(日)

早くも7月最終日。

日本では暦の上では夏の終わりが近づいて来ている訳で、常夏の国にいてもそれが少し寂しく感じられると言うことは、僕にもまだ季節感の欠片みたいなものが残っているのだろう。

そして今日は育児強化合宿最終日でもある。僕は昨日から、合宿最終日のプランを練っていた。いくつかオプションはあったのだが、STKさんの推薦もあって、ジュロン・バード・パークを目指す事にした。

場所は決めた。さて問題は、誰を連れて行くかである。ナツモを連れて行くのは当然の事として、ミノリをどうするか。理想的にはミノリも連れて行ければいいと思う。ナツモもきっとミノリと一緒に行きたがるだろう。

しかし、ミノリを連れて行った場合の機動力の低下と、ナツモに対するアテンションの低下は避けられない。すると結果的に、ナツモにもミノリにも中途半端な動きになって、双方にフラストレーションが溜るのではないか。

エリサも伴って行くという事も考えなくはなかったが、手持ちの金額を考えると、エリサの分までチケット代を払えるかどうか怪しいという非常に現実的な理由から、最終的に、僕はナツモだけを連れて行く事にした。

バード・パークは、シンガポール西部に位置する、その名の通り、鳥だらけの動物園といった風情のテーマパークだ。今まで、セントーサ島より西側へ足を踏み入れた事がなかったが、今回初の潜入になる。

と、言っても、タクシーで家から10ドル程度なのだから、大した距離ではない。パーク内は、ざっと見積もって、朝から夕方まで、ゆっくり回ってちょうど良い広さに見えた。

今日は存分にナツモにサービスしてやる所存である。入り口からわずか30m進んだ所でナツモが「かたぐるまがいい」と言えば、にこやかにナツモを担ぎ上げるまでである。

ナツモはどんな人混みの中でも、一番高いポジションから鳥たちの姿を堪能でき、大層ご満悦である。それ故に、僕の肩から降りようとしない。炎天下の中ではあるけれど、僕も体力の続く限りそれに応えて黙々とナツモを担ぐ。

結果的に、ほぼ全行程を肩車で歩いたのだが、実は体力的には問題なかった。これは日々のトレーニングの賜物だろう。しかし、別の所で問題が発生した。

僕は生まれて初めて「肩車擦れ」が首にできるという体験をしたのだ。そこまで長時間に及ぶ肩車など、もちろん今までしたことがない。だから、まさかそんな所が痛むとは思ってもいなかった。

この「肩車擦れ」は、その父親が如何に肩車をやりこんでいるか、即ち如何に子供とコミュケーションを取っているかどうかを計る判断材料になり得るんじゃないだろうか?

まあ、むしろ「肩車擦れ」ができるほど肩車をしている父親は子供の尻に敷かれている可能性が高いのだけれど・・・

大小様々、色とりどり、園内に居るすべての種類の鳥たちを眺め、そして各種のバードショーを見て回る。どのエリアも、そしてどのショーも、最大限趣向を凝らしてはある。しかし、やはり鳥にできる事には限界がある。そして、いくら大きい鳥も、サイズでは象やオットセイには勝てない。そのため、シンガポールズーに比べると、どうしてもやや小粒な印象である。

とは言う物の、よく訓練されたオウムが、英語、中国語、マレー語を駆使して歌を歌うのはなかなか圧巻だった。ナツモはその歌うオウムと、ペリカンがお気に入りだったようだ。

−−

17時。そろそろ僕の肩が悲鳴を上げ始めた。ナツモの疲労を考慮しても、今が汐時だろう。

ナツモは「まだかえりたくない」と言っていたが、それを鵜呑みにして園内で粘ると、楽しかった一日が台無しになる可能性が高い。僕はなんとかナツモをなだめすかしてゲートへ向かった。

最後に今一度、ナツモに念を押す。

「じゃあ、もう出るよ、いいね?」

ナツモはやはり疲れていたのだろう、コクリと素直に頷いた。

夕方のタクシースタンドはどのアトラクションよりも混んでいたが、今の僕はもう、電話を使って自力でタクシーをブックすることができる。ブッキングフィーをケチる人々を尻目に、悠々とタクシーに乗り込み、そのまま家には帰らず、ナツモに対する最後のサービス、ディンタイフォンへ向かう。我ながら、至れり尽くせりだ。

−−

ディンタイフォンで腹を満たしたナツモはもう眠さの限界である。案の定、「タクシーにのりたい」と言い出した。僕ももちろんそのつもりだったのだが、ここでもタクシースタンドは大行列だ。

僕は大して期待せずナツモを励ました。

「タクシー、いつ乗れるか分からないからさ、行ける所までガンバロウ」

少しでも愚図ったら、また肩に担いでやるまでだ。僕が覚悟を決めていると、意外な事に、何故かナツモは全力で走り出した。

明らかにナツモは疲れきっていた。しかし、それを上回る機嫌の良さが、このダッシュの原動力だろう。

僕の前を運動神経の悪そうなフォームで懸命に駆けて行くナツモの後ろ姿を見ながら、僕は連れて行ってよかったなと思った。(そして、ミノリに留守番してもらったのは正解だったな、とも)

もちろん、家路の1/3ほどのところで完全に燃料が切れたナツモを、僕は残りの道程すべて抱っこで運ばなければならなかった。

−−

ベッドに寝転がり、僕に背中を掻かれながらナツモは今日一日を振り返る。見たものを声に出して反復するのは、満足した証拠と見ていいだろう。

「しょー、おもしろかったねー、あのとりさんはなんていうの?」

ナツモは鳥の名前を僕に尋ねて来た。しかし、「あの鳥」ではあまりにも情報が少な過ぎる。

「え?どの鳥?どんな鳥だった?」

「しょーにでてて、くろで、おくちがおおきくて、しろいやつ」

ボキャブラリーがまだまだ未熟なナツモの説明から鳥の種類をなんとか推測する。ははあ、あの鳥か。しかし残念な事に、僕の脳裏に浮かんだ鳥の名前を、僕は覚えていなかった。それをナツモに素直に伝える。

「あー、あれね。おとうちゃんも名前覚えてないよ」

「それじゃ、おなまえいってよー」

「・・・だから、おとうちゃんは名前を覚えてないから、言いたくても言えないんだよ」

「いーって!」

これまでの良い一日がぶち壊しになりそうな、不穏な空気が辺りを支配しはじめる。

「もっちゃん、覚えてないって、意味わかる?」

「わかるよーそのぐらい!だからしらべていえばいいのっ!」

・・・なるほど、そう言う事か。

ナツモは、僕が折り紙の折り方やクラスメイトの名前のスペルなど、あらゆる事をググっているのを知っているから、いとも簡単に調べろと言うのだ。

しかし。今から調べるのは正直面倒くさい。

「じゃあ、明日調べてあげるから・・・」

「いーまっ!」

ナツモは癇癪を起こしつつある。せっかくの締めくくりがこれでは気分が悪い。

「・・・ああ、そうだ。思い出した、あの鳥。あの鳥の名前はねえ・・・『ぽんぽこどり』って言うんだよ」

最高に適当な事をでっちあげ、なるべく自然にナツモに伝える。

「・・・そう」

僕を疑う訳でもなく、かといって喜ぶ訳でもなく、極めてクールな反応を見せつつも、ナツモはそれで満足したようだ。それ以上文句を言う事もなく口を閉ざすと、ほどなく眠りに落ちた。

これで10日間の合宿メニューがすべて終了した。正直な所、僕はナツモ担当、エリサはミノリ担当と、完全に分担が別れた感は否めない。それほど、ほぼ9ヶ月児と、ほぼ4歳児を一緒に面倒を見る事は難しいのだと実感した。

今やミノリは間違いなくエリサに一番懐いているだろう。ミノリはミノリで、この10日間にもめざましい進化を見せ、掴まり立ちした状態から、自ら座る状態に戻れるようになり、まだまだ安定感は皆無であるものの、僅かながら伝い歩き的なものを始めた。

明朝、アキコが帰宅する。色んな意味で「会いたかったよ」と、今まで言った事もない、アツい言葉をかけそうな気がする。

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