【254日目】揺れる波


March 25 2012, 7:10 AM by gowagowagorio

10月11日(火)

今日は波が大きく揺れ動く一日だった。波とは、僕とナツモの仲の波の事である。原因は双方にある。ナツモの態度の悪さもさることながら、体調不良から来る、僕の心の余裕のなさも問題だったなと思う。

「ぷりきゅあのこれはー?かばんにつけるやつ。さがしてー」

学校から戻ってきたナツモの第一声がこれだった。ただいま、の一言もない。薮から棒にもほどがある。しかも、僕が探すのが当然であるかのような言い草だ。

その時点で僕は少しムッとしていたが、そこはぐっと堪えて、この、少なすぎる情報に食らいつく刑事さながら根気よく聞き込みを続ける。

「えーと、・・・それはおとうちゃんが見た事あるやつ?」

「ん?あるよ」

この時点ではまだ、僕にはそれを見たかどうかの確信は持てていない。

「どれぐらいの大きさ?」

「ん?これぐらい」

ナツモは両手の人差し指と親指で直径5cmぐらいの円を作ってみせた。

「丸いの?四角いの?」

「まるいよ」

「固いの?柔らかいの?」

「ん?やらかいよ」

「学校のカバンに入れたんじゃないの?」

「いれてないよ」

ナツモに入れてないと言われても、念のためにその可能性を自分で確かめるべくナツモのカバンを空けて中身を改める。本当に刑事になった気分だ。

はたして、そこには塩ビ製のプリキュアのネームプレートが収まっていた。予想はしていたが、もちろん僕は初見の物である。たかだかその程度の事だが、目的達成感は大きい。

「ほらー!カバンの中にあるじゃんか!これでしょ?」

「うん、そう」

ありがとうの一言でも言ってもらいたいところだが、ナツモはそのそぶりも見せず、僕の手からネームプレートをひったくると今度は「おしっこしたい!」と訴えだした。したいなら勝手に行けばいいではないか。

「あっそ、じゃあ行ってくれば」

僕がかなりムッとしながら言い捨てると、ナツモは床に寝転がりながらさらにヒステリックに喚き出した。

「はーやーく!」

床に転がったまま僕を睨みつけてくる。なぜ、この状況を僕が責められる必要があるのか。

「もっちゃん自分の脚があるんだから、自分で歩いていきなよ」

「はやく!もれちゃう!」

知るかよ。大体において、抱っこしてもらいたいのだとしても、その言い方はないだろう。呆れてその場を立ち去ろうとするが、ナツモは喚く事をやめようとしない。

僕は衝動的に床に寝そべったままのナツモの腕を掴んでいた。ナツモは立ち上がろうともしなかったが、僕は構わず引きずった。マーブルの床は良く滑るから、腕が抜ける事もない。

「やめてよー」

ナツモは引きずられながら声だけで抵抗する。僕はバスルームの前でようやく掴んでいた手を離した。

「オマエが歩けないって言うから連れてきてやったんだろ?もれちゃうんだろ?」

そのままナツモのパンツを脱がしにかかる。

「イヤだ〜」

ナツモは全力で身をよじってそれを嫌がる。僕は、もう勝手にせい、という気分になって、お尻が露出した状態のナツモを放置してバスルームを出た。

−−

スタディルームでパソコンをいじりながら、ふと我に返った。

ナツモはどうしただろう?あれからもう10分以上経っているな。先ほどから水洗が流れる音もしていないから、おしっこはしていないだろう。

不思議に思ってバスルームを覗くと、ナツモは先ほど泣き出したままの状態、お尻丸出しの状態でまだそこに寝転がっていた。不貞腐れているのだろう。早くしないとおしっこが漏れちゃうのではなかったのか。

まあいい。ナツモの機嫌を直すのは簡単だ。脇をちょっとくすぐってやればよい。

「いひ。いひひひ」

効果は覿面である。さらに、ナツモが急速にハマりつつあるプリキュアを使うとするか。僕はゴリオを取り出し、ナツモに差し出した。

「これは『キュアゴリー』だよ。ゴワゴワに咲く、一輪の花!」

ぱかっ。ゴリオのオマタを開く。ナツモは下ネタが好きなのだ。

「シャキーン!キュアゴリー!」

「いひ!ひひひひ!もっかい」

ナツモはキュアゴリーがかなり気に入ったようで、僕が3回ほど決めポーズを演じてやると、その後は一人でゴリオを動かしてプリキュアごっこを始めた。

その後、しばらくは二人仲良く過ごし、散歩がてらタングリンモールへ折り紙とセロハンテープを買いに出かけたりしていたのだが、二回目の波が夕食時にやって来た。

今日僕は、夕食のビーフストロガノフのために、マッシュルームを買ってくるという使命があったのだが、ナツモと遊んでいるうちにすっかり失念してしまっていた。エリサからそれを指摘された僕は、タングリンモールから戻った直後、再び買いに行く羽目になった。

もちろんナツモもついて行きたがったが、如何せん時間が遅すぎる。もう18時半を回っているのだ。

僕はナツモに、本来は禁止されている夕食前のDVDを許し、プリキュアを観させている間に自転車でマッシュルームを買いに走り、19時前には戻ってきた。ナツモはまだプリキュアを観ていたが、僕はそれを止めさせた。

「もっちゃん、先にご飯食べて、おフロ入りなさい」

「・・・」

「先にご飯とおフロ済ませたら、その後観ていいから」

ナツモは渋々と言った感じではあったものの、最初は素直に従った。しかし、一時停止してあるプリキュアの画面が気になってしょうがないのと、ビーフストロガノフが食わず嫌いなのとで、なかなか食事が進まない。挙げ句、牛乳を飲み干すと、

「もっと!はやく!」

と乱暴にマグカップを僕の方へ押しやる。

・・・それが人に物を頼む態度か。カチンときた僕は「ちゃんと、普通に頼めば入れてあげるよ」と、冷静を装いつつ、ナツモに言い直しを強要する。

しかし、妙にプライドの高いナツモは、無理矢理「牛乳を入れてください」と言わされるのがどうしてもイヤなようだ。

「なに変な所で強情になってんだよ」

と、呆れた口調でナツモを嗜めるものの、それはそのまま僕にも言える事だ。牛乳ぐらい入れてやればいいのだ。牛乳が飲めないナツモは食事もストップしたままだ。

「早くしな!ゴリラまでにご飯とおフロが終わんなかったら、もうプリキュア消すからな!」

「イヤだ!」

「イヤだって言ってる間に食べればいいだろ?食べる素振りぐらい見せろよ!」

それでもスプーンを握らないナツモに業を煮やし、僕はついにリモコンを手に取った。

「あと3秒。3、2、1・・・はい、もう消す!」

プツッ。

僕は単にテレビモニターの電源を切ったに過ぎない。画面は消えるが、プリキュアのDVDは途中で一時停止したままだ。しかし、そんな構造を理解しているはずもないナツモは大口を開けて号泣しはじめた。

もう何度も味わっている事だが、ぽろぽろとナツモの頬を伝う涙を見ていると、あれだけ小憎らしかったナツモが、どういうわけか、可愛く見えてくるのだから不思議なものだ。

それでも基本的には苛立っている僕は、乱暴に冷蔵庫から牛乳を取り出す。

「じゃあ、牛乳は入れてやるから、そしたら食べろよ」

ナツモのマグカップに牛乳を注いでやると、あら不思議。ナツモはぴたりと泣き止み、牛乳を一気に飲み干す。

ごく、ごく、ごく・・・

「ふーっ」

そして、ナツモは一息つくと、カチャカチャとスプーンを動かして黙々とビーフストロガノフを食べだした。

ナツモに背を向けてリビングのソファに座っていた僕はそれを気配と音だけで感じる。そうか、ナツモは、僕が牛乳を注いでくれない事に腹を立てていた訳か。それが原因で、すべてが遅れていたとは。本当に強情なヤツだ。

5分後、先ほどまでとは打って変わって可愛らしい声で「おとうちゃん」と僕を呼ぶ声がする。

振り返ると、空になったお椀を差し出したナツモがいる。

「たべた。おにくもおいしかった」

「よし、じゃあおフロ」

僕もナツモも、切り替えがうまくなった。引きずらなくなった。

「おフロで何にも遊ばないで、ぴゅーって洗うんだぞ。そしたらプリキュア観ていいから」

「うん。エリサにサンキューしないとね。もっちゃんが、イヤだイヤだっていってたおにく、おいしかったから」

素直なときは必要以上に良いやつになるナツモである。

ナツモはその後素直に入浴を5分で済ませ、パジャマに着替えてゆっくりとプリキュア鑑賞を楽しむのだった。

−−

それで終わればまだ幸せだったのだが、最後はやはり、眠くて愚図り出した。もう何が理由で泣いているか、本人ですらわからない状態だったが、床に突っ伏して泣くナツモの背中を、アキコが軽くトントン叩きながら落ち着かせる。

すると、そばでそれを見ていたミノリが、ナツモの横にチョコンとあぐらをかき、その背中を叩き始めた。

ぺしぺしぺし、ぺしぺしぺし。

アキコの真似をして姉を慰めているつもりなのだろうか、その割には全力で掌をナツモの背中に打ち付けている。

それは何とも滑稽な光景だったが、まあ、姉想いな妹の行動に見えなくもない。

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