【最終日】タワーがジャパンに帰ってく
July 2 2012, 6:51 AM by gowagowagorio
11月5日(土)
いつもと同じように目覚める。
寝ぼけながら枕元のアイフォンを引き寄せると、午前7時、日付には11月5日と表示されている。とうとうこの日がやって来たのだ。
9ヶ月間。始まる時には果てしなく思えた育児休業の最終日である。
横を向けば相変わらずアクロバティックな体勢のナツモとミノリが、まだ寝息を立てている。それを見た瞬間から、様々な異なった感情が湧き上がって来る。
今日と言う日が終われば、また家族とは離れ離れになるんだという寂しさ。それとは反対に、明日からはナツモのワガママや、ミノリの行方を逐一目で追う煩わしさから解放されるんだ、という安堵感。更には、週明けからオレは本当に仕事ができるのだろうかという不安。それらが順番に去来し、一つ一つと向き合っていると上の空になっている。
気づけば7時半を回り、子供たちが目を覚ました。小さな怪獣が目覚めてしまえば、一気に日常へ引き戻される。
「最後に、何処か行っておきたい所とかある?」
アキコに尋ねられるが、正直な所、コレと行って何かしたいことなどない。強いて言えば、離ればなれになる前に、子供の相手でもしながら、家でゆっくりしたかった。
「まあ、またどうせ来るしね」
アキコも僕の気持ちを汲んでか、いつもの土曜日と変わらず、キックボクシングおよびタヒチアンダンスの練習へ繰り出して行った。
最後だからと思うと、殊更ナツモに優しくしてやろう、ミノリと思い切り遊んでやろう、などと考えてはみるものの、実際はそうはならない。
「おとうちゃん、てーぷは?はさみどこ?さがしてー」
「・・・じゃあ、いっしょに探そうか」
「おとうちゃんがさがしてー」
となれば、こめかみに青筋が浮くのを自分で感じるし、ナツモと遊んでいる間、ミノリはエリサに任せきりである。
こうして「いつも通りの土曜日」はあっという間に過ぎて行き、気がつけば夕方だ。そう言えば僕はまだパッキングさえ始めていない。出発は夜中のフライトとは言え、そろそろ準備した方が良さそうだ。
大した荷物がある訳ではないのだが、ここへやって来る時に来ていた冬服や持って来たものの着る事がなかったTシャツなどは、9ヶ月間放置されている間に、カビの温床となっていた。ハウスダストに強いアレルギーを持つ僕は、鼻が酷い事になった。くしゃみと鼻水のせいで、何も考えられない、考えたくないという状態である。
こんな事なら、もっと早いうちからパッキングを済ませておくべきだった。溢れ出す鼻水のせいで、僕のおセンチな気分など、すべて流されてしまった。最後の瞬間を噛み締める余裕など、まったくない。
僕を慕って(いるかどうかは分らないが)足元へ這い寄って来るミノリや、パッキングの手伝い(と言う名の邪魔)をするナツモがこの鼻のせいで鬱陶しく感じられてしまう。
僕はどうにかパッキングを済ませると、流れる鼻水に嫌気が差してベッドに横になった。上を向いていないとやっていられないのだ。すると、僕のお腹にミノリが、ヨイショヨイショとよじ登ってきた。
ミノリは顔を近づけて来る。
「おお、最後だからチュウしてくれるのか?」
僕は唇をむーんと突き出した。
しかし、僕の唇に接触したのはミノリの唇ではなかった。
ごつん。
「いてっ」
ミノリはヘッドバットをカマしてきたのだ。
そうかそうか、ちょっと目測を誤ってしまったんだな。
僕は気を取り直して再びむーんと唇を突き出す。
しかし、二度目も僕の唇に同じ衝撃が走った。ごつん。
「だから痛いって!」
「いひいひいひ」
間違いなくわざとである。
まあ、ミノリも、こんなイタズラが意図的にできるようになるほど成長したという事だろう。
−−
「ねーむーい!」
間もなく夕食、という時になってナツモが騒ぎ始めた。
いつもなら「ゴハン食べちゃいな!」と急かしつつも、結局食べている最中に眠ってしまうというパターンである。しかし今日は土曜日だし、深夜便とは言え、最後は家族みんなで空港まで見送りに来てもらいたいものだ。
「もっちゃん、今日エアポートまでおとうちゃんと一緒に行く?」
「いく」
「よし、そしたら出発するまで寝てていいよ。起こしてあげるから」
ナツモはそれを聞いて安心したのか、本当にすぐにソファで眠りこけてしまった。
ナツモが眠ってしまったので、夕食のテーブルは静なものだった。
ナツモは思ったよりも疲れていたのか、夕食が終わり、そろそろ出発の時間になっても起きる気配がなかった。起こさなければこのまま朝まで眠り続けているところだろう。
ナツモの寝顔があまりに気持ち良さそうだったので、僕は起こすのをためらった。
このまま寝かせておいた方がナツモのためなのではないか。それに、起こして無理矢理連れて行ったとしても、連れて帰るのはアキコだ。ナツモが帰りに眠ってしまったら重労働である。
しかし、置いて行かれたと知った時のナツモの気持ちを考えると少々切ない。
僕はナツモを抱き上げ、耳元で囁く。
「おとうちゃん、もうすぐ行くけど、行く?」
ナツモはほとんど眠ったまま、うんうん、と微かに頷いた。
−−
午後8時。
空港へ向かうタクシーの後部座席に家族が全員座っている。
「おとうちゃん、じゃぱんにいったら、きをつけてね」
先ほどまで眠っていたナツモが寝ぼけた声ながら大人びた口をきいてきた。
「気をつける?何を?」
「おばけとかでるから。よるとかねー。おとうちゃんひとりだから。もっちゃんもきをつけるよ」
ナツモなりに僕の事を心配してくれているようだ。
「そうだね、気をつけるよ」
「もっちゃん、あとじゅうよんかいねたら、じゃぱんにいくからね」
「そうなの?」
「うん」
14回という数字には全く根拠はないものの、今やナツモにとっては、シンガポールと日本を行き来する生活は当たり前の事になっているようだ。それがいい事か悪い事かは分からないけれど、国際的に育っているのは確実だ。
ミノリはシャブリを忘れて来たせいか大泣きしている。抱いていたアキコがいくらなだめてもその泣き声はエスカレートするばかり。ミノリがシャブリを手放せるようになるのはいつだろう。
・・・そのとき、僕は股間に違和感を覚えた。
冷たい?僕は膝の上にミノリのオムツやマグを入れたバッグを置いている。
まさか。バッグを急いで開けると、やはりマグが逆さになっていて、そこから大量の水がこぼれ、バッグを浸透し、僕のデニムを濡らしていた。
「うわっ」
僕が素っ頓狂な声をあげると、アキコとミノリが同時に僕を見た。
「どうしたの?」
「水がこぼれた、あーあー、おもらししたみたいだよ」
アキコが僕の膝を覗き込む。
「あ、ほんとだね、大丈夫?」
そこでふと気づく。
あれほど絶叫していたミノリがぴたりと泣き止んで、涼しい顔で僕の膝あたりを見ているではないか。まるで、自分に注目が集まらないなら泣いても無駄とでも言うように。本当にミノリは味わい深いヤツである。
−−
午後9時。
出国ゲートの前で僕は、まずミノリを抱き上げた。
「元気でねー、バイバイ」
僕がミノリを目の高さに持ち上げて声をかけると、ミノリはいつもの癖なのか、アキコとナツモを振り返って手を振り始め、「バイバイ」と言った。
結局、僕が居る間にミノリが確実に覚えた言葉はこの、バイバイだけだったな。
「ムニー、ムニーは行かないんだよ。バイバイするのはおとうちゃんなんだよ」
そう声をかけると、急に寂しさがこみ上げて来た。ミノリは分かっているのかいないのか、手を振りながらニコニコと笑っている。
続いて僕は腰を屈め、ベビーカーに座って瞼が半分閉じているナツモを正面から見つめる。
「もっちゃんもマミーの言う事よく聞いて。元気でね。最後だからチュウしよう」
もっともらしい事を言ったが、僕は別にそんなありきたりな言葉をナツモに与えたかったわけではなく、ただ単にチュウがしたかっただけだ。
最後とあって僕の気持ちを汲んでくれたのか、ナツモは半分目を閉じたまま「むーん」と唇を尖らせ、突き出した。
この9ヶ月で、子供たちに何が与えられただろう。
時に遊び相手であり、時にスタイリストであり、時に歩行器であり、時に運転手であり、時に喧嘩相手であり、本を読む人だったり、ポリポリマシーンだったり。
「親」としての存在を自覚していた事は、少なかったかも知れない。むしろ、子供達からより与えられたのは僕の方だった。
明日から始まる生活が、自然な形とは思っていない。いつかTさんが言っていた「何があったって家族は一緒に居る方が幸せに決まってる」という言葉は、今でも僕のアタマでぐるぐる乱反射している。
家族に終わりはない。けれどもひとまず、「たわーがきたよー!」で始まった僕の育児休業生活はこれで終わる。
僕は、観光客で埋め尽くされたANA152便エコノミークラスのシートに、折り畳むようにして身体を押し込んだ。
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お手伝いさんアリという、かなり恵まれた環境でのヌルい育児生活だったけれど、それでもストレスが溜まることは多々あった。
しかし、この日記を書く事で、もの凄く救われた。どんなに腹が立っても、「今日の日記のネタになる」と思えたからだ。
これから育児をする人には、日々の出来事を、ブログなり何なり、公開前提の日記にして書く事を勧めたい。
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