【169日目】親の膝を齧る


July 26 2011, 9:51 PM by gowagowagorio

7月18日(月)

海の日である。
こちらではもちろん、何の変哲もないウィークデーの始まりだ。

ナツモが朝から紙とペンを持って僕のところへやって来た。こんな学校へ行くのにギリギリの時間に、何か描いてくれとせがまれるのではないかと身構えたが、どうやらそうではないらしい。既にそこには何かをナツモが描き込んでいて、それを僕に見ろと言っているのだ。

差し出された紙を見ると、そこには、無数の星が描かれていた。それも、一筆書きで真ん中に五角形が現れる、いわゆる五芒星だ。僕はそれを見て、少なからず驚いた。いや、ちょっと感動さえした。

五芒星、それは数日前に遡る。

僕はナツモの「すたーかいて」というリクエストを受け、この五芒星を何気なく描いた。するとナツモは、「それ、どうやってかくの?」と聞いてきたのだ。その時点では、ナツモはノーマルな星ですら、描くことが怪しかった。

僕は、教えたところでどうせ描けないだろうな、と決めつけてかかっていた。実際ナツモは、その場ではまったく要領を得ず、マスターするまでには相当の時間を要しそうな雰囲気だったのだ。その後、密かな練習をしたとも思えない僅か数日の間に、すっかりマスターしている。一体どんなマジックを使ったと言うのか。

僕と同様、ナツモの五芒星に驚いたアキコがナツモに尋ねるところによると、

「ゆめでかいてたんだよ。それでできるようになったの」

と言うことだ。そんな美しい話が本当にあると言うのか。信じられなかった僕は、ナツモに確認した。

「もっちゃん、夢でスター描けたから、描けるようになったの?」

「ちがうよ~。ゆめなんかみてない!」

恥ずかしがっているのか、ナツモは自分で語った夢説を即座に否定した。ナツモが急に星を描けるようになった要因は、闇に包まれたままだ。それこそ星に願いでも掛けたのかも知れない。

−−

学校から帰宅したナツモとバイオリンの練習に勤しんでいると、ミノリがナツモの部屋にヒョッコリとやってきた。最近はすっかり掴まり立ちが安定し、常に立ち上がりたがるミノリ。それは大いに結構なのだが、一度立ち上がると、二度と自分で安全に配慮しながら座ることができないのが、玉に傷である。そして、遂には力尽きて崩れ落ちる様にひっくり返り、後頭部をしたたか床にぶつける事が後を絶たない。

特に我が家のフローリングはマーブルの石がメインだ。ミノリは今、最もケガのリスクが高い時期かも知れない。これからしばらくは、ヘルメット着用を義務付けるべきだろう。

今もミノリは僕の膝を手掛かりにして立ち上がっている。僕が脚でミノリを支えているため、今の所ひっくり返る危険性はない。特にミノリに注意を払う事なくナツモの練習を見ていると、ミノリが僕の膝を口に含み始めた。これもいつもの動作だ。何でも口に入れたがるミノリならではである。だから僕はそれも気に留めなかった。多少くすぐったい思いをするだけだ。

ところが、次の瞬間。

「いてっ!」

僕は声を上げていた。今、僕は確実に齧られた。鋭い痛みがぼくの膝に走ったのだ。ミノリは続けざまに僕の膝を齧る。

「いて、イテテテ!」

思わず僕はミノリを抱いて僕の膝から引き剥がした。ミノリの口の中を確認する。ぺかっと笑った口の、下側センターに、2本の、齧歯類のような歯が生えてるのが見えた。

下側?!予想外だ。

確かにちょっと前から、間もなく歯が生えるだろうとは思っていた。しかし、その兆候があったのは、上顎だったのだ。不意をつかれた。

歯が生え始めたことが、ミノリに凶暴性を与えたようだ。例えば食事の時。

以前のように、差し出されたスプーンに乗っているものを大人しく口にしてくれればいいのだが、今のミノリは、スプーンに乗っているものが気に食わないと、あらん限りの声で泣き叫び、首を捻じ曲げ、それを拒否する。そして、僕の腕をがっしと掴んで、自分が食べたい皿(それは大抵、サツマイモなのだが)へと押しやるのだ。

まさかこのまま、姉・ナツモの様に偏食が始まってしまうのだろうか?ナツモが1歳になる前は、ここまで凶暴ではなかった。ミノリがこの性格のまま、ナツモと同じぐらい偏食になったとき。僕は、それを制御する自信も知恵も、持ち合わせていない。

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