【149日目】諦めたらそこで育児終了だよ


July 17 2011, 9:55 PM by gowagowagorio

6月28日(火)

子供に楽器を習得させるというのは本当に難しい。それも、自分のできない楽器であれば尚更だ。

ナツモはたった10分間のバイオリンの練習でさえまともに完遂することができない。インストラクターから「これだけはやれるようになっといてね」と念を押されている弓の持ち方、それから左の薬指で弦を押さえられるようになる事。それをやらせる以前の問題である。

こちらとしては、あまり厳しくしてやる気をなくされても困るので、ごくごく短い時間で、まぐれでも音が出たらアホかというぐらい褒め、教えるサイドとして色々と気を使っているというのに、ナツモと来たら、わざとブリッジの下を擦る、弓を弦の上でバウンドさせる、とやりたい放題で、とにかくマジメに取り組まない。

「あのさ、これだけ言う通りにできたら、後は好きに触っていいからさ」

と懇願するものの、馬の耳に念仏、ナツモの耳は馬の耳だ。希望が見えない状態でイライラし続けていると、ふと、ある瞬間に急にすべてがどうでもよくなる。試合終了だ。安西先生、僕は諦めました。

僕は支えていたバイオリンをナツモに押し付けると、「もうやめちゃえば」と言い捨てて、ベッドに寝転がって壁際に寝返りを打つ。どうせナツモは、なんでー!などと言いながら、泣いてすがりついてくるんだろう。

知った事か。まさに「勝手にしやがれ」状態である。

ナツモの反応を背中で伺っていると、想定外の明るい声が響いて来た。

「うん、やめるー」

・・・え?耳を疑った。どの口がそう言うのか。

「バイオリンやめるの?」

「うん、やめる」

その屈託のなさが癪に触る事もさることながら、僕の脳裏には義理の母の顔が浮かんでいた。

このバイオリンは、ナツモが欲しいとせがんで、ちゃんと練習するという約束で義母に買ってもらったのだ。もう投げ出しました、では顔向けができない。僕は慌てて身体を起こしてナツモに向き直る。

「じゃあバビーにバイオリン返すからな。そんでもっちゃんがお金も返してね」

本当はもっと言うべき事があるはずなのに、憎さ余って思わず具にもつかない嫌味をナツモに浴びせてしまう。もちろんナツモにはそんな戯れ言の効き目などあるはずがない。

「うん、そしたらおえかきして」

「バカヤロウ、そんな約束も守れない子とお絵描きなんかするか」

「なんで?」

「約束しただろう、ちゃんとバイオリン練習するって言って、これ買ってもらったんだろ?違うか?」

コクリと頷いた所を見ると、それは覚えているらしい。

「本当にバイオリン弾けるようになりたいの?」

再びコクリと頷くナツモ。練習態度とは裏腹に、そこだけは最初からブレていない。不思議なヤツである。

・・・そうか、わかった。コイツは、僕の「やめちゃえば」を、本日分の練習のことだと思っているんだ。だからあそこまで悪びれる事も無くやめると言ったんだな。それに対して僕が過剰に反応してしまっただけのことだ。明日からはまた気分を変えて取り組んでくれるはずだ。

気分を変えた方がいいのは、僕とて同じだった。今日は二人とも集中力が途切れてしまった。「明日はちゃんとやるんだぞ」と一応念を押し、ナツモの希望通り、一緒にお絵描きをすることにする。

ナツモとのお絵描きは、いつも特にテーマが決まっていない。ナツモのほうから何かを描いて欲しいとリクエストがあることもたまにあるが、基本的には僕が思いついたものを好きなように描き、それをナツモが真似して描くというのが慣例となっている。

僕は、カラフルなペンを紙の上で持て余していた。先ほどナツモからは「はーとかいて」とリクエストがあったものの、ハートなどすぐ描き終わってしまう。

さて、次は何を描こう。トン、トン、トン。

紙の上でペン先をドリブルしているウチに、コレだと思った。点で、今描いたハートをデコレートしよう。点画である。

何気なく思いついたことだが、やり始めると、これがなかなか没頭できる。小さな点を丁寧にならべていき、それが少しずつ綺麗な模様になっていく様は壮快だ。もし子供と一緒でなかったら、こんなことを自分で始める事もなかったはずだ。

ナツモも、僕が描いた点画に魅入って「きれいじゃーん、これ」と、手放しで褒める。それはかなり珍しい事だ。

早速ナツモは自分でも点画にトライするが、整然と点を並べるスキルは当然まだ持ち合わせていない。うまく描けずにイライラしはじめ、ついには「おとうちゃんかいてー」と僕に作業を丸投げする。僕も結構楽しみ始めているので、二つ返事でリクエストに応える。

問題は、描いてやるうちに本気になってきてしまうことである。ナツモは時間のかかる点画の完成を大人しく待っていられるはずもなく、色々と茶々を入れて来る。時には「こっちがわやってあげようか?」と、せっかくキレイに仕上がりそうな絵をあり得ない色彩で潰しにかかってくる。

僕はそれを笑顔で見守るような懐の深い父親ではない。「ちょっと、やめてよ!」と全力で絵を引っ込める。細かい作業中にナツモが机を揺らそうものなら、「こら!机動かすなよ!」と叱責する。

我ながら心が狭いなと思いながらも、一方では、そう言えば子供の頃は本当に絵を描くのが好きだったなと、ノスタルジックな気持ちになる。老後に備えて、今から絵を本格的に描き始めてみようかななどと考えたりもする。

−−

最早毎度お馴染みだが、夕食時にやっぱり野菜食べないナツモ。僕は特に深い思慮などなく、

「神様にナツモは4歳になれませんって言うぞ」

と適当に発言した。すると、またナツモ一流のホラ吹きが始まった。

「かみさまみたことあるよ」

「何処で?」

「ひこうきにのってたら、おそらのずーっとずーっとたかいとこで。てをふったの。かみさまに。かみさま、おようふくきてなかったよ。おしりぷりぷりしてたよ。そんでね、かみさまにあったもっちゃんは、ここにいるもっちゃんじゃないよ。ほんもののもっちゃんは、ほかのいっぱいいる、とべるもっちゃん」

「へえ、もっちゃんほかにいっぱいいるの?どこにいるの?」

「みえないよ、かみさまだから。ほかにね、もっちゃんはビー(はち)の、こうやるやつ(針)があって、かみさまもあって、それでとべるんだよ」

「へえ、その、本物のもっちゃんは今どこにいるの?」

「みえないよ。みせてあげよっか?しゃしんであるから」

「おいで、マミーのでんわにうつってるから」

もちろん、アキコは会社にいるため、電話は今家にない。するとナツモは、神様の絵を描いてくれた。ナツモが描いた神様は、頭に奇妙な王冠のようなものを被り、確かに蜂のお尻のようなものが付いていた。

あまりにシュールなナツモワールドに不覚にも引き込まれ、ナツモが野菜を食べていない事などすっかりと失念したのだった。

−−

姉妹のシンクロ。

ナツモとミノリには、双子でもないのに、それに近い何かを感じる。ナツモが頭をぶつけた瞬間に、ミノリも泣き出すなどという、不思議な現象がよく起こる。

今日も、アキコが夜遅くまで不在だったため寂しかったのだろう、ナツモが泣き出すと、それまでグッスリと寝ていたミノリも共鳴するかのように泣き出した。偶然と言ってしまえばそれまでだが、この二人にはそれ以上の何かありそうな気がする。

そして、ミノリはナツモのいる方を見るひまわりのようだ。どんなにナツモにのしかかられ、潰されても、ナツモのストレス解消のために口で酷い事を言われても、ミノリは常にナツモを探し、ナツモがいる所へ行こうとする。これが血を分け合った姉妹ということなのだろうか。  

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