【142日目】夏に萌える


July 14 2011, 12:00 AM by gowagowagorio

6月21日(火)

一昨日に引き続き、昨夜もアキコは別室で就寝したため、僕はミノリの快眠のため(そして自分のため)にエアコンのスイッチを入れた。

が。

結果から言うと、一昨日の晩ミノリが熟睡したことと室温はまったく関係がなかったようだ。

ミノリは昨晩、僕が日記などを書き終った0時過ぎまでは熟睡していたくせに、さて、僕がいざ眠ろうとした、本当にその瞬間に「う、う・・・」と呻き出し、慌ててシャブリで口を塞いだが、それも効かずに号泣した。

「オマエ、絶対このタイミングを待ち構えてただろ」

思わず憎まれ口を叩く。嫌がらせとしてはパーフェクトのタイミングだ。しかも、これまで見た中でもワーストな夜泣きぶりである。背中が反り返るのを止めさせようと、抱く腕に力を籠めたのが拙かったようだ。

家中に響き渡る不快な泣き声に、病人のアキコが堪らず起きて来て乳を吸わせ、その場は事無きを得る。しかし、その後もミノリは2時間起きに小刻みに夜泣きを繰り返す。

加えて、普段は目覚めることなどないナツモが「さむい・・・」と泣き出し、エアコン作戦は全くいい所なく終わったのである。

今日僕は、二回目の育児休業給付金申請書をポストオフィスまで持って行く必要があった。ポストオフィスの下はナツモのお気に入り、タングリンツリーだ。

小食過ぎるナツモをたまには思い切り外で遊ばせてやれば、腹も順調に減ってくれるかもしれない。僕は帰宅したナツモに声をかける。

「もっちゃん、郵便局行くけど、一緒に行く?」

「うん」

勿論ナツモは二つ返事だ。しかし、ナツモはこう付け加えた。

「むにーもつれていく?」

ナツモが発したのは疑問形だが、わざわざ聞くということは、即ち連れて行って欲しいということだろう。

しかし、僕は思案していた。ミノリを連れて行くとなると、タングリンツリーでナツモと思い切り遊んでやることはできない。かといって、ナツモが一人で大人しく遊んでいるとも思えない。ミノリを抱きながらナツモの遊び相手をするのはややハードだ。それに、ミノリにも苦しい思いをさせる可能性が高い。

「もっちゃん、むにーは昨日外で遊んだから、今日はお留守番にしよう」

ナツモはしばし不満げだったが、渋々納得したようだ。どうせ、すかさず頭を切り替えて、タングリンツリーでスムーを飲ませてもらうことでも画策しているのだろう。

「ほれ、早く行くぞ」

僕は、何やら子供部屋に入って行ったナツモの背中に声をかける。嫌な予感がして部屋を覗くと、案の定、ナツモはお絵描きの道具を持って行こうと準備していた。

「ああ、もうそれ持ってかなくていいよ。どうせやる時間ないんだから。もっちゃんプレイグラウンドで遊ぶんでしょ?」

絵の道具を持っていくとなると、運ぶのは僕なのだ。うんざりしながら準備を制止する。すると、ナツモは意外と素直に応じた。

「かみだけ。かくのは、もってかないから。これだけ」

それだけ持って行く事に何の意味があるのか僕には理解できなかったが、紙一枚なら自分で持ってくれるだろう。

「いいよ。それ自分で持つんだぞ」

「わかった」

しかし、僕が玄関に向かっても、ナツモはなお、ぐずぐずしている。

「早く」

「・・・ねえ、おえかき、いましていい?」

「はあ?」

まったくコイツの行動はでたらめだ。呆れ顔で抗議しようとする僕を、ナツモは素早く制した。

「すっごいはやくかくから。ひとつだけ。とうちょっきゅうで」

勿論、ナツモが言いたかったのは「超特急」だろう。その言い間違いに免じて、お絵描きを許可する。

「ひとつだけだぞ」

ナツモは持って行くと言っていた紙に、ボールペンで本当に手早く人物画を描いた。それは立っている女性に見える。

「ほら、かいた」

「コレ誰?マミー?」

「ううん、もっちゃん」

どうやら自画像のようである。続けてナツモが言った。

「もういっこかいていい?とうちょっきゅうでかくからね」

ここまで来たら一緒である。ナツモは今しがた本当に10秒かそこらで自画像を描いたのだ。

「いいよ」

するとナツモは、自画像のすぐ左隣に、2回りほど小さい人物像を描いた。

「ほら。これは、むにー」

「ほんとだ、よかったね」

これで満足しただろうか。子供と言うのは何故こうも突然の衝動に駆られることが多いのだろう、などと考えていた時、ふと、ある考えが僕の頭に浮かんで来た。

ナツモは、わざわざこの紙を持って行きたいと宣言していたのである。その紙に自分たち姉妹の画を描いた。まさか。

「もっちゃん、むにーの事を絵にして、お散歩に連れてくの?」

ナツモは嬉しそうにコクリと頷いた。なんという想像力。僕は、感心し、続いて感動さえした。ナツモのクリエイティビティが萌芽したのを確かに感じた。奇しくも明日は夏至である。夏に萌える夏萌のクリエイティビティとは洒落ている。

−−

タングリンツリーの砂場で、僕とナツモは「プリン作り」と称して、色々な型に砂を詰めて遊んでいた。そこへ、1歳半ぐらいの、青い目の男の子が近寄って来た。僕らがやっている砂遊びに興味津々といった風情である。

僕はちょうどカメの形の型を持っていたので、それを男の子に示しながらフレンドリーなおじさんを装って話しかけた。

「This is a turtle. Do you wanna play with it?」

ところが男の子は、そのカメを手にする事無くしばらく固まり、そして立ち去ってしまった。僕のことが恐かったのだろうか。

「あの子、カメさん要らなかったみたいだね」

隣にいたナツモにそう声をかけると、ナツモは衝撃的な一言を放った。

「あのさ、おとうちゃん、にほんごでおしゃべりしたから、わからなかったんじゃない?」

連日のベルリッツ通いで英語力の向上を実感していたところを、ナツモに思い切り凹まされた。まるで「調子に乗るなよ。精進しろ」と言われているようである。

タングリンツリーで思い切り砂遊びに興じ、帰宅後とっとと入浴を済ませ、こんな日は夕食のメニューもナツモの味方をするのか、ナツモは大好物の麻婆豆腐をぺろりと平らげた。ミノリに離乳食を与えた後で僕が食事を摂る間、ナツモは大人しくテレビを観ていた。

食事を終え、「さ、そろそろテレビは消そうか」と声をかけようとナツモの顔を覗き込んだ僕は、あえて声をかけるのをやめた。

恐らくあと数分で、ナツモは深い眠りに落ちるだろう。今日はナツモにとっても、僕にとっても、なかなか幸せな日だった気がする。

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