【144日目】ねえ
July 14 2011, 10:39 PM by gowagowagorio
6月23日(木)
「ねえ、」と言う、親しい者同士の間で使われる会話のきっかけは、そのトーンによって、話しかけられた者が抱く印象が著しく変わる。シンプルに注意をひく「ねえ」もあれば、女性シンガーの歌に登場する「ねえ」のように、愛おしさを感じたり、切なく感じたりする「ねえ」もある。
ナツモのそれは、「ねえ」と言うより、「ねー、えー!」だ。「えー!」の方にアクセントが付いているため、非常にヒステリックである。それが、黒板を爪でひっかいたような不快感を僕に与える。ナツモは、何をするにも、僕やアキコに話しかけるとき、必ず頭に「ねーえー!」が付くのだ。
「ねーえー!こっちおいで!」
「ねーえー!よーぐるとたべたい!」
「ねーえー!てれびみたい」
「ねーえー!ごほんよんで!」
「ねーえー!おえかきしたい!」
「ねーえー!」・・・
何度呼んでも僕らがナツモの言う事に耳を貸さない、と言う状況ならいざ知らず、ナツモの場合は、何時でもいきなりヒステリックに「ねーえー!」と叫ぶのだ。
確かに、ナツモがそうなった原因は僕らにあったのかも知れない。ミノリの世話にかかり切りの時や、大人同士の会話に没頭している時にナツモに話しかけられた場合、「ちょっと、後でね」と放っておく。ナツモは、そこでしばらく辛抱するができない。
だから、何としても振り向かせようと、「ねーえー!」と叫ぶ。僕らが自分に注目してくれないという不満が、「ねーえー!」に現れているのだろう。そして、いつの間にかそれが口癖になってしまった。
こちらとしては、100%ナツモの言動に注目している時に、いきなりそんな言い方をされると、優しい気持ちなど何処かへ吹き飛んでしまう。ナツモの希望に添ってやろうと思っていても、言われ方一つで、そう思えなくなってしまうのだ。これはナツモにとっても損である。
家庭内だけならまだいい。ナツモが友達にもこの言い方で接し続けていたらどうなるだろう。悪い芽は早く摘み取った方がいい。
それはナツモと入浴中の事だった。
「ねーえー!からだからあらいたい!」
「もっちゃん、『ねー、えー!』はヤメロ。それおとうちゃんキライだから。短く、優しく、『ねえ』。はい、言ってごらん」
こんな事をナツモに言った所で理解できるだろうか、と半信半疑だったが、ナツモは意外にも素直にこれに応じた。
「ねえ、からだからあらいたい」
「そうそう、それでいいよ」
今までは、「ねーえー!」がヒステリックだったため、後半の台詞も引き摺られてヒステリックなトーンになっていた。こうなると、どんなに妥当な要望も、ただの我が儘ムスメの戯言にしか聞こえない。不思議なもので、言い出しの「ねえ」が優しいトーンになると、文字面は同じでも、途端に可愛いおねだりの台詞になる。
「『ねーえー!』はうるさいからダメでしょ?『ねえ』は、いいでしょ?」
「そうそう」
ナツモ本人としても、「ねーえー!」が無意識に口癖となっていた事は不本意だったと見える。しかし、一度口癖となってしまった事を矯正するのは大人でも難しい。
案の定、ナツモはその直後に再び「ねーえー!しゃんぷーとって!」とヒステリックな声を上げてしまう。その度に根気よく「今『ねーえー!』って言った!」と伝える。まったく、口うるさい親だとは思う。しかしこれはお互いのためである。言われたナツモも嫌がる事無く、優しい「ねえ」に言い直す。物の言い方を矯正すれば、上手く行けばナツモの癇癪持ちな性格も矯正できるかも知れない。これは大人にも同じ事が言えるのではないだろうか。
ナツモはその後も、僕に言われたことに気を使っている。よしよし、良い傾向だ。
「ねーえー!いま、『ねーえー!』って、いってなかったでしょ?」
「うん、言ってなかったけど、今『ねーえー!』って言ったね」
なんとも複雑な状況である。
−−
そう言えば、今日、ミノリは掴まり立ちを成功させた。
・・・ようだ。
案の定、僕はその瞬間を目撃していない。その直前まで、ミノリと一緒に遊んでいたにも関わらずだ。
それは、僕がほんの一瞬、メールをチェックしに席をはずした時だった。突然、リビングの方からエリサの拍手と嬌声が響いて来た。エリサがそんなに感情を露にして喜ぶなんてかなり珍しい。
まさかと思ってスタディルームを飛び出すと、果たして、そこにはナツモの踏み台に手をかけて仁王立ちしているミノリの姿があった。ミノリはちょっと得意気な顔をしているようにも見える。
予想通り、正しいハイハイをすっ飛ばして、いきなり立ち上がったか。実は、もう何日も前から、今にも掴まり立ちをしそうな気配を漂わせていたため、その瞬間を見逃した悔しさはそこまででは・・・
いや、もしかしたらエリサがサポートして立ったただけかも知れないから、今日のはあくまでも参考記録と言う事にしておこう。
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