【109日目】Moss Green Day
June 14 2011, 10:42 PM by gowagowagorio
5月19日(木)
9時30分。イートンハウス・プリスクールの校門をくぐると、そこは両手にカメラを抱えた親たちでごった返していた。
今日は「スポーツデー」なるイベントが開催されるのだ。早い話が、運動会である。
ただし、手に汗握る勝負事は一切無い。子どもたちはクラスごとに同じ色のTシャツを着て、障害物競走のようないくつかの競技をこなしていく。その様子を、親たちが自慢のデジイチでひたすら撮影しまくるという平和なイベントだ。
子供たち同様、親の場所取りにも真剣勝負はなく、我が子の出番になれば皆がベストポジションを譲ってくれる。そう言った意味でも実に平和である。
ナツモの属するタイガークラスは、緑のTシャツが目印となっていた。もちろん、皆がみんな、私服で同じ緑色のTシャツを持っている訳ではない。色調もバラバラだし、中にはかろうじて緑色の模様が入っている黄色いTシャツの子も居たりするため、揃いのユニフォームという印象はない。
ナツモの着ているTシャツは、シンガポールズーでナツモ自ら選んで買った、モスグリーンのカエル柄Tシャツだ。カエルの絵柄が妙にリアルなため、可愛らしさは一切ない。何故かはわからないが、そこがナツモらしいと言えばナツモらしい。
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昨晩、ナツモは張り切ってカエル柄のTシャツを張り切って準備していた。ところが、ナツモに「スポーツデー楽しみ?」と聞くと、途端に項垂れ、力なく首を横に振っていた。
カエル柄のTシャツを着るのは楽しみだが、イベントそのものには興味がないという意思の表れなのだろうか?
確かに昨年のスポーツデーでは、ほとんどの競技を、笑顔も無く、ただ惰性でこなし、最終的には号泣していたことを思い出す。
−−
リッキー・マーティンの陽気なサウンドが校庭に響き渡る。音楽とは明らかにミスマッチな子供たちが、ワラワラと入場してくる。子供たちの中にナツモの姿を見つける。
さて、今年はどうだろう?やはり昨年と同様、このイベントを楽しむ事ができないのだろうか。我が娘の心情に気を揉んでいると、大柄な女性が僕に近づいて来た。ナツモのクラスメイト、フェリペの母親だ。
「ハイ、あなたのワイフはどこ?」
「ハイ、あの、えっと、今ビジネストリップ中なんだ」
「あら、そう・・・」
フェリペの母親は、僕には別段興味がなかったらしく、残念そうに表情を曇らせると、再び人垣をかき分けて何処かへ行ってしまった。僕はちょっとした疎外感を味わったが、まあよい。大した事じゃない。
ナツモも少し成長したようだ。始まってみれば、昨年とは打って変わって、張り切って各競技を楽しんでいるように見える。運動神経がイマイチなので、決して美しいフォームとは言い難いが、走る時も一応、身体が躍動している。昨晩の表情の曇りようはなんだったのだろうか。
そして、昨年では絶対にあり得なかったが、ナツモは、僕の構えるカメラに向かってキメ顔を作る余裕さえ手に入れていた。
それなのに、僕のNEX-5にはもうメモリーが残されていない事に気付く。いくつかのシャッターチャンスを完全に逃しつつ、舌打ちしながら過去の写真に目を通し、消去していいものがあるか確かめる。
・・・あるわ、あるわ。自分のことではあるのだが、どの写真を見ても同じアングルでシャッターを切り過ぎである。それらの無駄な写真と、アキコの会社の飲み会で撮られたと思われるフォーカスがまったく合っていない写真をすべて消去し、メモリーにそれなりの余裕ができたのは、競技も終盤を迎えた頃だった。
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スポーツデーと言う名の撮影大会が終了し、今日は半ドンでナツモと共に学校を出る。
学校で夕方まで預かってもらうことも可能だったが、ナツモが一緒に帰りたいと僕の手を握って離さないのだから仕方ない。学校の近くにある、旨いチキンライスの店でランチでも食べるとしよう。
今日は僕も疲れてしまった。
帰宅後、スタディルームでパソコンを眺めながら一息付いていると、ナツモが僕の脚にまとわりついてきた。そして、何やら僕の左足の裏を熱心に覗き込んでいる。
「ほら、しんでるむしだよー!おとうちゃんのあしについてるよー!」
「イイッ!?」
ナツモが素っ頓狂な声を出すので、僕はマスオさんのような裏返った声で動揺しつつ、思わず足を跳ね上げた。その反動で、茶色くて、長細い何かが、僕の左足の裏からぽろりと剥がれ落ちた。大きくはない。ごくごく小さい。なんの虫だ?目を凝らす。
これは・・・虫ではない。
その場所でナツモが先程ほじくっていたハナクソだ。ナツモはそれを丸めて床に飛ばしたのだ。
「なんだよ、虫じゃないじゃん、もっちゃんのハナクソじゃんか!」
しかし、ナツモはこれを全力で否定する。
「ちがうよー!だって、ちゃいろじゃないもん、もっちゃんのはなくそ」
「え?じゃあ、何色なの?もっちゃんのハナクソ」
「ん?えーと、ぶらうん」
・・・随分と洒落たハナクソである。
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