【117日目】シンクロナイズド・トイレット


June 24 2011, 3:29 AM by gowagowagorio

5月27日(金)

昼過ぎ、僕が家に戻るのとほぼ同時に、家の電話が鳴った。アキコだ。用件はわかっている。

「どうだった?」

「尿は何ともないって」

「え?そうなの?じゃあ、いまだ原因不明ってこと?」

「そうだねえ・・・」

今朝のミノリは、熱を失った携帯カイロのようにひんやりとしており、この一週間の苦労など何事もなかったかのように、元気に床をずるずる這いずり回っている。

今更、尿検査の結果がどう出たところで何かが変わるわけではないのだが、高熱の原因がまったく不明というのも寝覚めが悪いではないか。

「ミノリ、ぷつぷつできてない?」

アキコは突発性発疹の可能性について言及している。

「できてないよ、そんなの・・・」

僕は念のためミノリに近づき、よく観察する。そもそも突発性発疹だとしたら、発熱中も、もっと元気なはずじゃないか。そう言おうと思った時だった。

ミノリの眉間から顔面の左側を、細かく赤いマダラ模様が覆っている。しかし、それが発疹なのかどうか、僕は確信が持てなかった。

「・・・いや、あれ?ちょっと待って」

子機を顎にはさみ、ミノリの服のボタンをはずす。はだけた腹部、そしてひっくり返した背中側にも顔と同様の薄いマダラ模様が広がっていた。

「ああ・・・あるね、発疹」

「やっぱり?なんだー、よかった」

どうりで尿検査には何もでない訳だ。比較的予後良好と言われている突発性発疹が高熱の原因とわかり、アキコが胸を撫で下ろす。これで、一週間ぐったりしていたクセに食欲だけは一切落ちなかったことにも説明がつく。

「発熱中も元気」という先入観が強すぎて、「※元気の程度には個人差があります」という注釈を、すっかり失念していた。

まったく人騒がせなミノリは、歯がないために埴輪のようなブツブツ顔で、ぺかっと笑っている。

−−

この一週間、ミノリにかかりきりで大して相手をしてやれなかった罪滅ぼしに、タングリンモールでナツモに新しいパズルを買ってやる。

あれこれ見て回ったが、ディズニープリンセスのパズルが半額だったため即購入する。以前ほど熱狂的ではなくなったものの、突然棚から落ちて来たプリンセスに、ナツモは満足げだ。

これで罪滅ぼしになったかどうかは解らないが、少なくとも僕の気持ちはそれで落ち着いた。いわゆる自己満足と言うやつだろう。親の気まぐれで想定外のお宝を手に入れた経験は僕にも沢山ある。そういう時の母親も、やはり今の僕と同じような気持ちだったりしたのだろうか。

熱も下がったと言うことで、ミノリはイケアの椅子に座らされて離乳食を摂る。好き嫌いがはっきりしはじめたミノリは、どうやら好きなメニューと好きではないメニューをビジュアルで見極ることができるようになっている。

今日の場合はカボチャだ。

カボチャ自体は本来好きな食材だが、今日のカボチャは少々水分が足りず固かった。どうもそれがおきに召さない。こうなると、ミノリは暴君と化す。スプーンに乗っているのがカボチャであることを確認すると、左手を振り上げ、それをたたき落としにかかってくるのだ。ひどいお方である。

しかし、僕も数ヶ月キックボクシングのトレーニングを積んで来ている。そんな大振り、やすやすとは喰らわない。ミノリのモーションを盗み、絶妙なスウェーバックでスプーンを守る僕。ミノリは当たらないことにムキになり、続けざまに大振りパンチを繰り出し、そして疲れる。まるで本当のボクシングの試合である。

しかし、僕は少々ミノリを舐め過ぎていたようだ。カボチャの乗ったスプーンをミノリの鼻面でユラユラと動かしながら、少し気を抜いていた、その瞬間だった。ノーモーションの左フックがスプーンをなぎ払った。飛び散るカボチャ。KOパンチ炸裂である。

それにしても今日は食が進まない。むしろ発熱中のほうがよく食べていたほどだ。発疹がかゆくて気持ち悪いのだろうか。下を向いたまま軽く唸ってしまっている。よく見るとぷるぷる震えてさえいる。具合が悪いのだろうか。

そして、腰を浮かせ・・・こ、これは・・・

食べたそばから出す。ところてんみたいなヤツである。一旦食事を中断して抱き上げてやると、

「オマエ、よくきづいたな、エラいぞ!」

と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。

オムツを交換してやり、すっきりした状態で座らせると再びモリモリと食べ出すミノリ。ところが、3口ほど食べたところで、ミノリは再びぷるぷると震え出した。

まさか?と思うや否や、腰を浮かせて気張るミノリ。当然食事は止まる。やはり出しながら食べ続けるのはさすがのミノリでも難しいようだ。やれやれ、世話が焼けるヤツだ。

苦笑しながらミノリを抱き上げる向こうで、新しいパズルに取り組んでいたナツモが「といれ〜」と言いながらバスルームへ駆け込んで行くのが見える。便意がシンクロするとは、さすが姉妹と言うべきだろうか。  

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