【46日目】育児における知的財産権
March 24 2011, 9:35 PM by gowagowagorio
3月17日(木)
夫婦喧嘩勃発。
原因は、知的財産権について。
具体的には、「ミノリをあやすギャグの著作権」についてである。
まだミノリが生まれて間もない頃。
確か1ヶ月とか、そのぐらいだったと記憶しているが、その頃僕がミノリのために編み出したギャグが、「クルクル、クルックー」である。
ナツモのときもそうだったが、子供が生まれて1年かそこらの間は、どこの家庭でも我が子を笑わすためのオリジナルギャグが2つや3つできあがるものである。「クルクル、クルックー」はその記念すべき第一号のギャグだったのだ。鼻の頭付近に両手の親指を当て、裏声を使いつつ「クルクルクル・・・」とつぶやき、「クルックー!」で親指は鼻の頭に付けたまま両手を思い切り広げる。言わば、「いないいないばあ」からの変形技と言えよう。
しかし開発当時は、変な顔を作りつついくら頑張ってみたところでミノリはまったく反応しなかった。時期早尚だったのだ。それもそのはず、ミノリはまだ視力も表情も乏しく、こちらのギャグに反応するほどのコミュニケーション能力などあるはずもなかった。しばらくこれは封印しよう。僕はそのとき「クルクル、クルックー」を諦めた。
ところが、その姿を端から眺めていたのが、アキコである。大の大人が赤ん坊に向かって全力でギャグを実行する姿は滑稽だ。僕もご多分に漏れない。
「何やってんの?」
嘲笑混じりにアキコが聞いて来る。
「いや、開発したんだけど、まだミノリには早いみたい」
「そりゃそうだよ」
「だよね」
それから3ヶ月の月日が流れた。
今、アキコが隣でミノリをあやしている。
「クルックー!」
「イヒヒ」
「クルックー!」
「キャハ」
「クルックー!」
「あうー」
カタチを変えてはいるが、アキコのハンドアクションのフォームからして、「クルクルクル、クルックー」がオリジナルであることは疑う余地がない。この、ミノリの敏感な反応はどうだ。ミノリも成長したものだ。今こそ封印を解く時が来たのである。
アキコは一通りミノリを笑わせると、ナツモに誘われ、入浴のためにバスルームへと消えた。そこで、ベッドの上に転がされたミノリに覆いかぶさるように上から覗き込むと、開発当時の気持ちを思い出しながら、両手の親指を鼻に押し付けた。そして、おもむろに口を開く。
「クルクルクル、クルックー!」
果たして、ミノリは先ほどまでに充分に笑ってしまったのか、それともそれをやる人物が気に食わないのか、ポカンとしたまま僕を見つめて来る。「オマエ、なにやってんの?」とでも言いたげな表情だ。このショックたるや計り知れるものではないが、打ちひしがれる間もなく、アキコのくすくすと嘲るような笑い声がバスルームから聞こえて来る。見ると、アキコが市原悦子ばりの角度で壁から顔を覗かせている。
「何で見てんの?」
見られた恥ずかしさを押し殺し、冷静を装う僕。
「おとうちゃんもやりたかったの?クルックー」
・・・ちょっと待て。今の発言はなんだ?
明らかに私のマネをしてみたかったのかというニュアンスの発言である。開発当時の光景を、まさか忘れたとは言わせまい。
「は?これ、俺のギャグだよ」
ところが、アキコは当時の事を完全に失念していた。
「え?私が考えたんだよ」
「いやいやいやいや、俺が考えたんだって」
「えー、違うよ」
口論の原因となっていのは、たかがギャグだ。
最初は、アキコも軽い気持ちだったに違いない。ところが僕にはこのギャグに特別な思い入れがある。だからこそ、たかがギャグの事で声を荒げるのだ。そして僕にとって意外だったのは、アキコも実はこのギャグに思い入れがあり、やけに食い下がって来るということだった。恐らくアキコは、僕がこれを封印した当時から、事あるごとにミノリに対してこのギャグを繰り返し実行してきたのだろう。その繰り返しの中でギャグの形が変化し、アキコの記憶もいつの間にか「私が考えた」というものに書き換えられたのだ。
こうなると、お互いの言い分は、著作権が曖昧な古い作品を巡る権利主張のごとき、泥仕合の様相を呈して来る。
「だって、前に俺がやってるの見てたじゃん」
「えー、見てないよ。おとうちゃんがコレでミノリのこと笑わせてんの見た事ない」
「そりゃ笑わせてないけど、考えたのは俺なの」
「証拠は?」
「あるわけないだろ」
「ほら」
「じゃあ、そっちはいつ、どうやって考えたんだよ」
「そんなの覚えてないよ」
「ほら」
果てしのない攻防の中で、これから有効なギャグを開発することがあった場合、お互いの合意のもと、公式に記録していくシステムを構築しなくては、と決意するのであった。
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