【181日目】ベッドへの誘い方


August 2 2011, 6:13 AM by gowagowagorio

7月30日(土)

育児強化合宿も残り2日とあって、少し心が軽くなっている。すると当然、機嫌がよくなるわけで、小さな怪獣達との衝突も少ない。

ナツモは昨夜風呂に入りそびれてしまったのだが、どういう風の吹き回しか、朝食が終わると一人でひっそりと入浴を済ませて来た。

実は僕はそれをコッソリ覗いていたのだが、それがバレるとナツモがヘソを曲げそうな予感がしていたので、覗いた後、バスルームからソロリソロリとステップバックしたのである。

案の定ナツモは何も知らずに、真っ裸のまま満面の笑顔でリビングに駆けて来ると、どうだと言わんばかりに報告してきた。

「だれもみてないときに、あらったよ〜」

別に、誰かが見ていたとしても風呂ぐらい素直に入って欲しいところだが、まあ、よい。

「お!すごいじゃん」

やや大袈裟に驚いてやると、やはりナツモは付け加えた。

「マミーにいっておいてね、でんわして、もっちゃん、だれもみてないときに、ひとりでおふろはいったよー、っていってね」

ナツモの、アキコに対するポイント稼ぎは今や日課だ。少し褒めると、それがなんであれ、必ずアキコに報告するよう念を押して来る。アキコが不在となれば尚更だ。

それにしても、今日はイベントが盛り沢山である。昼からのキックボクシングと、その前のバクテレストランはいつも通りで、その後、ナツモのクラスメイトであるフェイハの誕生パーティへ行き、夕方からはSTK家が我が家に遊びに来る事になっている。これならきっと、ナツモの満足度も高い一日になるだろう。

ナツモは、誕生パーティのための目一杯のオシャレのつもりか、アキコが3歳の頃に祖母から貰った30年物の、フリル付きピンクのワンピースを身につけて足取りも軽く外へ飛び出した。

キックボクシングの後、タクシーに乗り込んだ我々は、ドライバーに招待状に書かれた住所を示して誕生日パーティの会場であるノビーナ至近のコンドへ向かった。

フェイハはインド系イギリス人で、無愛想なナツモと対照的に明るく、愛想が良い、可愛らしい女の子だ。カメラを向ければしっかりと笑ってくれるし、挨拶も欠かさない。無愛想なナツモにも色々と気をつかってくれる。

対照的に、ナツモはとことんマイペースだ。パーティには、雇われてやってきたらしい、ラプンツェルのコスプレをしたお姉ちゃんが登場した。子供たちが大喜びで、お姫様が繰り出す様々な(そして、ごくありふれた)ゲームに一喜一憂する中、ナツモはその後方で、黙々と粘土やお絵描きに励んでいるのである。

ナツモが唯一皆の輪に加わったのは、パーティの終盤、ケーキにロウソクが立てられ、バースデーソングを合唱する部分だけだった。それとて、きっと、フェイハをお祝いする気持ちより、ケーキに関して、自分の望み通りの部分を手に入れたいという気持ちで前のめりになっているだけなのである。

子どもたちがどぎつい紫色のクリームでデコレートされた見た目優先のケーキにかぶりつき、ようやくお姫様稼業から解放されたラプンツェルが余ったピザを大きな口で頬張っているのを横目に見ながらフェイハのコンドをおいとまする。早く帰らねば、STK家がやってくる。

−−

ところが、約束の17時になっても、17時半になっても、18時近くになってもSTK家は現れない。まさか、約束は明日だったのだろうか?

心配になってダンナさんに電話すると、「間もなく着くから」という応えだ。その通り、間もなく現れたSTK家は、何故かクミコさんが不在だった。ダンナさんが言いづらそうに口を開く。

「ちょっと、夫婦喧嘩が勃発して、今日は来ないことに・・・」

意外な告白である。もちろん、深い事情は聞けまい。しかし、それを聞いて実感した。育休を取っている僕は今、クミコさんの気持ちも、ダンナさんの気持ちも共感できる不思議な立場なのだ。

つまり、家でひたすら子供の面倒を見、外へあまり出られないというストレスに対しての共感と、ストレスをギリギリまで溜めた人間にそれを一気に放出されたときの気持ちに対しての共感が一辺に味わえるのである。

地味ではあるが、これは育休を取らなかったら味わえなかった、なかなか貴重な感覚だろうと思う。

期せずして再び父親同士でテーブルを囲む事になった我々だが、そんな事情もあり、大いに酔っぱらう事もなく速やかに夕食を摂り、STK家は20時半には帰宅した。STK家にすぐに平和が訪れますように。

その後、ナツモの表情を見ると、一目で眠さの限界なのが解った。しかし、STK家の子どもたちと遊び足りないと感じているナツモに対し今、「もう寝ろ」と言っては逆効果だ。

僕はナツモと、「にゃごまろ」と呼んでいる球状の猫のぬいぐるみを使ってキャッチボールを始めた。遊んでいるフリをしながら、徐々に二人の距離を縮め、もう手が届く所まで来た時、戯れ合うフリをしながらナツモを抱き上げる。もともと眠いナツモは、これに素直に身を任せる。

充分に抱っこの感触を味わわせた所で、

「じゃあ、オシッコだけしておこうか」

と優しく声をかけながらトイレへ運んで行く。睡眠へのプロセスを踏まされているのは誰が見ても明らかな訳だが、ナツモはこれにも素直に応じる。

小用を済ませたナツモは抱っこの感触が忘れられず、すかさずまた抱っこを所望する。ここまでは完璧に僕が頭に描いた筋書き通りである。トドメは、抱っこしたままナツモの背中に手を入れての「スタンディングポリポリ」だ。

これも充分にその感触を味わわせ、その後

「じゃあ、ベッドに行こうか」

と耳元で甘く囁くと、ナツモは少しも拒否することなくベッドに横たわり、間もなく深い眠りへと落ちて行くのだった。

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