【212日目】シリカゲル、タベタゲル


October 4 2011, 10:00 AM by gowagowagorio

8月30日(火)

今日は「ハリラヤ」で、国民の休日となっている。

ハリラヤは、ムスリムにとって1ヶ月にも渡る断食が明ける、一年で最も重要な休日だそうである。しかし、周りにマレー系の知り合いがいないため、その雰囲気を感じとる事はできない。案の定二日酔いで目覚めた僕が感じたのは、ベルリッツの授業がなくて助かった、という非常に小さい喜びだけである。

今日はアキコも会社が休みのため、タヒチアンダンスの練習に行くと言う。いつもは土曜日しか参加していないタヒチアンダンスだが、実は火曜日にもクラスがあるらしい。そこへ学校のないナツモと、同じくベルリッツがない僕が金魚のフンのようにくっついて行く。何をする訳でもない。ナツモが誕生日プレゼントとして手に入れたバービーのお絵描きセットで、道場の隅でプリンセスの絵を描きながら練習が終わるのを待つだけだ。アキコのダンスを見ないなら、別に一緒に行く必要もなさそうだが、我が家はいつも集団行動である。

練習の帰り、これもお決まりのコースでクラークキーからリアンコートまで脚を伸ばし明治屋へ立ち寄る。

「今日はバスで帰ろう」

買い物をする前から何故かアキコが宣言する。

「・・・」

僕は肯定も否定もしなかった。
いくらシンガポールのタクシーが安いとは言っても、塵も積もれば何とやらで、全ての移動がタクシーありきとなっている我が家の塵はチョモランマ級である。アキコとしては少しぐらい節約したい気分だったのだろう。

正直なところ僕はタクシーで帰りたかった。どうせ、これから買い込む食料品の量がハンパではなくなるのだ。バス停から我が家までだと、荷物を持ったままけっこうな距離を歩く事になる。

しかし、すべての家計をアキコに頼っている現在、僕がタクシーに乗ろうと主張することなど許されない。

ところが、上手い具合に、明治屋でショッピングカートに乗り込んだナツモが、買い物の間に眠ってしまった。流石にアキコも眠ったナツモを抱えてバスで帰るのは不可能だと判断したのか、渋々タクシーの列に並んだ。車に乗り込み、ホッとした僕はナツモを感謝しながら抱きかかえていた。

タクシーがコンドのロビーに滑り込み、ドアを開けた瞬間、僕の目の前でナツモがぱちっ、と目を開けた。

オマエ・・・まさか?

確かめた訳ではないが、コイツの場合はやりかねない。ナツモは知っているのだ。自分が眠ってしまえば必ずタクシーで帰れる事を。ナツモと目が合う。ナツモがニヤリと笑った・・・ような気がした。ナツモのファインプレーである。

さて、帰宅してからナツモに誕生日プレゼントのひとつ、「タングルド(日本語版だと塔の上のラプンツェル)」の絵本を読み聞かせてやっている時のことである。

僕の視線の端に、何やら白い、長方形の小さな紙包みがあった。絵本を読みながらも、僕は頭の片隅で、ミノリがその包みに興味を持つかも知れないと想像していた。

しかし、僕は二つの事を決めつけた。

−−その紙包みは砂糖だ。そしてミノリはそれを開けられる程器用じゃない。

だから、特に対処せず、そのまま絵本を読み続けた。

「タングルド」の絵本は、ボキャブラリー、文法、すべてが僕のレベルにちょうど良い英語の教本だった。ナツモに読み聞かせるだけで英語の練習になるのだ。少しチャレンジングだから、僕は読み聞かせに集中して、紙包みの事などすっかり忘れていた。

「ちょっとー!アンタ何やってんの!」

素っ頓狂なアキコの声がリビングに響き渡った。

この声は、アレだ。
ミノリが自分のウンチを食べてしまったときとまったく同じ声だ。

絵本から視線を外し顔を上げると、さっき紙包みが落ちていた場所に、ミノリが鎮座していた。その手には、食いちぎられた紙包みが半分だけ握られている。床には極々小さい、半透明の粒が散乱していた。

しまった。これは砂糖なんかじゃない。シリカゲルだ。

そもそもウチではこんな砂糖は使わないし、ミノリはなんでも口にするから、紙包みなど唾液で濡れればイチコロである。僕は決めつけた事を悔やんだ。

ミノリの元へ駆け寄ると、既にアキコがミノリの上顎を押さえつけ、指でシリカゲルを掻き出している。

手遅れだったか。恐らく何粒かはもうミノリの体内へ消えている。シリカゲルを食べると実際どうなるのか、僕は知らない。しかし、確実に身体には悪そうである。

ナツモの時は誤食で悩まされる事がほとんどなかったが、ミノリは細心の注意が必要だ。断食していた訳でもないだろうに、何故こうも食べたがるのか、全く理解に苦しむ。僕らが知らないだけで、これまでミノリの胃袋に消えた異物は他にも結構ありそうである。

−−

夕方、パーティ最後の儀礼として出すサンキューメールの素材をタングリンモールまで買いに出た。もちろんナツモも着いて来た訳だが、タングリンモールに着いた直後から、ナツモが「さむいさむい、さむすぎる」と騒ぎ始めた。

南国特有の強過ぎるエアコンのせいだろうと思った僕は、「じゃあ、早く買って早く外へ行こう」と適当にあしらった。それに、言う程店内のエアコンは強くない。

しかしナツモは、買い物を終えてモールの外へ出てもなお、「さむいさむい」と訴えて来る。これはまさか・・・

案の定、帰宅後に検温すると、ナツモの体温は37.8℃まで上昇していた。あれだけ寒がっていたから、これはまだ序の口かも知れない。

そう言えば、誕生パーティ前から怪しかった。

パーティまではなんとかコンディションを保っていたものの、終わって気が抜けた所へウィルスが侵入したか。

実は、一つの不安要素がある。

現在、ナツモが所属するタイガークラスではインフルエンザが流行っているのだ。カレンが最初に煩った。ナツモのパーティには復活して元気な姿を見せていたが、入れ替わるように今日、コトコがインフルエンザに罹って学校を休んだと言う。

と、なれば、真似しっこのナツモの事だ。二人と一番交流の深い、言い換えれば接触頻度が高いナツモが罹らないはずがないのでは、と思う。

そして、22時を回った頃、ナツモの体温は39℃を突破した。これはもう、十中八九インフルエンザ確定だろう。

高熱でうなされているのか、ナツモが何事か寝言を発している。何事かとナツモの口元に近づけた僕の耳に飛び込んで来たのは、

「・・・なんかたべたい!なんかたべたい!」

夢の中とは言え、食欲があるほど元気なのが幸いである。

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