【177日目】コンペティティヴ


July 31 2011, 6:39 AM by gowagowagorio

7月26日(火)

着替え、食事、歯磨き、入浴、エトセトラ。

あらゆるナツモの必須事項を実行させるのに非常に有効だった、かつてのマジックワード、「プリンセス」に頼れなくなってから久しい。しかし、我々は新たなマジックワードを手に入れてしまった。

「どっちが、はやいかな?」

この、恐ろしくシンプルな言葉が、驚くほど効くのだ。

例えば、朝、時間がなくて今すぐ歯を磨かせたい時。特にキッカケも必要ない。

「さあ、おとうちゃん歯磨くの早いよ、どっちが早いかな」

とだけ言えばいい。夜、ぐずぐずしてなかなか入浴しないときも同様だ。

「さ、おとうちゃん、すごく早くおフロ入っちゃおう。どっちが早いかな?」

と、少し離れた所から言っておいて、30秒後にバスルームを覗きに行くと、あれほどグズグズしていたナツモが、スポンジでせっせとカラダを擦っている場面を観る事ができる。

時には下手な演技も必要である。

入浴後、いつまでもパジャマを着ずにあられもない格好でウロウロしているナツモに、

「さ、おとうちゃんパジャマ着るのすっごい早いよ」

と声をかけると、

「まってまってまって、すとっぷしててね、ぱんつはかないで」

と待たされる。

(決してスムーズではないナツモの着替えが2/3ほど済むまでフルチン状態でぼけっと立っている自分はさぞかし間抜けに見える事だろう)

そしてナツモがパジャマのズボンを履き終わった頃、ようやく、のんびりとパンツを履き始め、短パンを履き、ナツモがパジャマの袖に手を通しかけた頃、帳尻を合わせて、同じぐらいの状態に持って行き、最終的には負けてやらねばならない。

「ほらー、ね?もっちゃんいちばんだったねー」

「すごいなー」

最後は棒読みの賛辞で締めればOK、ナツモは満足、僕の目的も達せられる。これがルールを持ったゲームやスポーツだとすれば、子供相手にわざと負けるというのはナンセンスだと思うが、そうではないから良しとする。

「どっちが早いかな」は、本当に恐いぐらい効く言葉だ。

ナツモがテレビでも観ていない限り、どんな状態からでも有効なのだ。最近、あまりにもこのマジックワードを多用しているため、すぐに効き目が無くなってしまいそうな気もするが、行ける所まで行っておこうと思う。

−−

まだ不安定なくせに、常に立ち上がりたがる次女と、まだしっかりサポートできもしないくせに、そこへまとわりついて転ばすか、泣かせるかする長女。

相思相愛なのだから仕方がないとは思うのだが、ミノリがケガでもしたらと思うと、どうにも気になって神経をすり減らす。結果、やっぱりナツモを怒鳴ってしまう。

「ほら、泣いてるだろ!どうしてオマエはミノリが嫌がる事をわざわざするんだよ!」

ナツモもナツモで、僕が何度同じ事を言おうと、これだけは絶対に止めようとしない。そして今日、ミノリはまったく昼寝をせず、夜になっても寝付きが恐ろしく悪かった。これらの条件が揃って、またしても僕はナツモに要らぬ怒声を浴びせてしまった。

21時。僕はミノリをひたすら抱っこし、子守唄を歌い、やっとの思いで寝かしつけ、ベッドルームのマットレスに置いた。そろそろナツモも寝かさないといけない時間だ。僕がミノリを寝かしつけている間、ナツモはテレビを観ている。

「もっちゃん、もうテレビおわり!消して!」

と声をかけつつベッドルームを後にしたそばから、「ううう」というすすり泣きが聞こえた。

ミノリよ、なぜそんなに粘るのだ?起きていてもこれ以上ミルクは出て来ないし、ナツモも寝る時間だから遊んでくれないぞ?

僕はうんざりしながら、踵を返してミノリを再び抱き上げる。それから15分かけてスクワットと子守唄を駆使しつつ、今度こそカンペキに寝かしつけた。遅くなったが、まあいい。見た所、ナツモももう眠さの限界だろう。すぐに僕の自由時間が手に入る。

テレビのスイッチを黙って切りはしたが、一日の最後ぐらい優しい所をみせてやろうと、ナツモを抱き上げてトイレへ連れて行ってやる。大人しく首に巻き付いて来る所をみると、やはりもう眠くて仕方ないようだ。オシッコを済ませ、歯を磨いて、30秒もポリポリしてやれば終了だ。

「はい、歯洗うよ」

「べっどでみがきたい」

その程度の要望ならお安い御用だ。僕はナツモをベッドに横たわらせようとする。と、ここでナツモが最後の我が儘を言い出した。

「したで」

つまりナツモは、ベッドの横に敷いている、そして今はようやく寝付いたミノリが転がっているマットレスで磨きたいと言っているのだ。

僕はイヤな予感がしてマットレスのミノリに目を走らせた。

・・・嘘だろ?

僕は絶望的な気持ちになった。

案の定、ミノリはナツモの声に反応してか、なにやらもぞもぞと動き始めた。

「もっちゃん、それはやめて。今ミノリ寝てるから。もっちゃん行ったら起きちゃうから」

「しーたーで」

「ああっ、やめろ・・・」

僕の懇願に近い主張を無視して、残酷にもマットレスへ勢いよく飛び乗るナツモ。そして、あろうことか、かろうじてまだ眠っていたミノリの足へ腕を絡ませ、頬を擦り寄せ始めた。

「バカやろ・・・」

僕にはナツモが悪魔に見えた。今やミノリは完全に覚醒していた。

「ああ・・・」

絶望すると同時に、メラメラと怒りの感情が込み上げる。どれだけ苦労して寝かしつけたと思っているのだ。

「おいナツモ!ふざけんなっ!」

親として叱るのではなく、最早単なる罵声だ。僕は一縷の望みを託してミノリを抱き上げる。

すぐ寝てくれよ。俺の自由時間のためにも。

しかし、それは儚い夢に思えた。ミノリはナツモが居る所へ近づこうと、身を捩らせて僕から降りようとしている。それに腹を立て、再びナツモに罵声を浴びせる。

「オマエ、ひとりで歯磨け!」

「みがけなーいっ」

ナツモ自身は相当眠いため、質の悪い駄々っ子になっている。

「じゃあ、もうういいよ。歯磨かないでさっさと寝ろ!歯が黒くなっても俺は知らん!」

言わなきゃいいのに、事態をこじらせる一言が出てしまう。

泣き出すナツモと身を捩らせるミノリの狭間で、僕は早くも猛省する。もうコイツはどうせすぐに寝ないのだ。

ミノリをマットレスに放置し、プリンセスのキュートな歯ブラシを乱暴に掴むと、僕は廊下の床で泣いているナツモの口をこじ開け、歯を磨く。背後から、音もなくミノリが這いよって来て、あぐらをかいた僕を使って掴まり立ちをする。

「だー」

上手く立てた事に満足げな声を出すミノリ。・・・オマエのせいでこんなになってるというのに、呑気なものだ。

「オマエはあっちで寝てろ!」

ついにはミノリにも罵声を浴びせてしまうのであった。それにしても、この姉妹、本当に仲がいい。

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