【119日目】Red Hot Chili Pepper Crabs
June 27 2011, 10:57 PM by gowagowagorio
5月29日(日)
夜中の間、断続的に泣き通したからなのか、ミノリは他の全員がベッドから抜け出しても、まだ寝続けている。
夜中はちょっとした物音でも目覚めて泣き出すほどセンシティブだったくせに、今目の前に転がっているミノリは、「おい、朝だよ」と、ゆさゆさ揺さぶっても「う、うーん」と唸ってごろりと寝返りを打つのみだ。オマエは「昨日遅かったんだよ、寝かせてくれよ」とぼやく休日のお父さんか、と言いたくなる。
ナツモは昨日イーストコーストパークで乗った4輪のレンタルバイクがよほど楽しかったのだろう。朝食が終わると
「ばいくつくろうよー」
と連呼している。僕はてっきりレゴでも使ってソレっぽいものを作るのかと思っていたが、道具箱を引っ張り出して来たところを見ると、ナツモは本気で本物のバイクを作ろうと目論んでいるらしい。
「え?もっちゃん本物のバイク作るの?」
「うん。だって、つくったら、ずーっとうんてんしれるよ、おみせにかえさないで」
確かにその気持ちは解る。ナツモに手渡された道具箱の中のハンマーやドライバーを眺めながら、こんな時、ガレージでテキパキとそれっぽいものが作れるお父さんだったら、子供の父親尊敬度数がぐんと上がるのだろうな、などと夢想する。
アキコが横から口を挟む。
「もっちゃん、バイクを作るんだったら、まずは設計図を書かなきゃダメだよ。マミーが書いて上げる」
「そう。かいてーせっけいず」
もちろん設計図が何なのか、知る由もないだろう。しかしナツモは嬉々としてアキコに着いて行く。しばらくすると、リビングでごろごろしているダメオヤジの元へナツモが一枚の紙を持ってやってきた。
「はい。かいたよ、せっけいず。これで、ばいくつくって」
手渡された紙には、設計図というよりはイメージ図に近いバイクが鉛筆で描かれていた。
「うーん、難しいねえ」
「はやくしてー、はやくー」
紙を握りしめたまま手も足も出ない僕を急かすナツモの中では今、父親尊敬度数が急降下だろう。
−−
夕方、家族全員でタクシーに乗り込む。向かう先はデンプシー。
今日はアキコの元同僚、メリーアンがシドニーから出張でやって来ていると言うことで、彼女と親しい家族が数組集まってディナーを決め込もうという訳だ。メリーアンたっての希望により、ロングビーチシーフードでチリクラブとペッパークラブを食べることになっている。
タクシーの中ではアキコがナツモを相手に挨拶の練習をしている。もはやお馴染みの光景だ。
「はい、メリーアンに会いました。覚えてるでしょ?何て言うの?」
「えーと、ぐっもーにん」
「うーん、もう夜だから、モーニングは違うねー。ハローでいいんだよ」
ナツモは本気で間違えているのか、天の邪鬼なのか、トボケた事を言っている。僕は間違いなく後者だと睨んでいる。
案の定、ナツモはメリーアンや他の大人達にロクに挨拶もできず、なおかつシーフードレストランがお気に召さなかったのか、食事中の態度が目に余るほど悪かった。同席した大人達にどんなに優しく話しかけられても一切無視を決め込む、食事にはほとんど手をつけず、箸で遊ぶ、ミノリのベビーカーに乗り込もうとする、僕らがナツモを相手にしないのが気に入らないのか、いちいち癇癪を起こして会話の腰を折る。
まあ、確かにナツモの立場になってみれば、同年代の子供がいない会食の席で2時間ほど待たされるというのはかなりの苦行なのかも知れない。それじゃ家で留守番して待っていれば?と問うても、それは100%嫌がる。今は「会食」という場にいる事が一番難しい年頃なのかも知れない。
ナツモの機嫌取りのせいでせっかくの親友との再会を半分台無しにされたアキコが、帰宅後怒りを爆発させた。
「もう二度と連れてかないからね!なんなのよあの態度!」
ナツモがアキコに一通り泣かされ、ベッドに入った時の事である。
「きょうは、たのしかったねー」
怒られたばかりのナツモにはとても似つかわしくない台詞が飛び出した。ナツモの表情からしても、明らかに無理をしている。
自分のせいで親友との再会を楽しめなかったアキコの気持ちをナツモなりに察して、一生懸命取り繕っているのだろう。ナツモの不自然な言動に呆れたアキコが思わず苦笑する。
「ほんとー?じゃあ、何が楽しかったわけ?」
ナツモはもちろん即答できない。言うに事欠き、ナツモは
「・・・うーんと、ぜんぶ」
と、お茶を濁すのであった。
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