【180日目】エゴ・ラッピン


August 1 2011, 8:48 AM by gowagowagorio

7月29日(金)

14時。いつもなら家にいるこの時間に、僕はノビーナスクウェアのベンチに腰掛け、貢茶(ゴンチャ)の3種のゼリー入りアールグレイミルクティーを飲みながら、iPadでのデジタルお絵描きに没頭していた。昨日リクエストされた通り、15時になったらナツモをイートンハウスへ迎えに行くのだ。

それにしても、この、貢茶の台湾式ブラックパールミルクティーは絶品だ。質の高いミルクティーと、歯ごたえが異なる3種類のゼリーがたっぷり500mlほど入っていて、値段も3ドル60セント(約200円)とリーズナブル。シュガーレベルが自由に選べるのもいい。

さて、きっかり15時に、僕はタイガークラスの教室に到着した。教室の中の様子を伺うと、ナツモは、数人の友達と一緒に、せっせとアナログお絵描きに没頭していた。道具は違えどやっぱり親子だなと、一人ごちる。

異様な高さから教室を覗く視線に、まず副担任のミス・アビゲイルが気付いた。

「あ、本当に来たのね。ナツモが朝から言ってたわ」

アビゲイルが呼ぶと、ナツモは、あれほど迎えに来て欲しいと懇願していたくせに、僕の姿を認めても大して嬉しそうにすることもなく、黙々と帰り支度を始めた。まあ、それもいつもの事ではある。

僕とナツモは学校から荷物を持ったまま、直接グレートワールドシティに向かった。パンやら果物やらの食料を少し買いたかったのと、明日招待されているナツモのクラスメイト、フェイハの誕生パーティーに持って行くプレゼント、を、包むラッピングペーパーが欲しかったからだ。プレゼントはアキコが以前ホランドビレッジで買ってストックしておいたビーズの詰め合わせだ。

僕はグレートワールドシティ内の何処にラッピングペーパーが売っているかなど知らなかったが、なんとかなるだろう。

ナツモはショッピングモールに着くなり「おしっこしたい」と言い出した。

「今日はどっちに入る?」

ナツモは、その年齢のアドバンテージを活かして、男子トイレと女子トイレをその時の気分で使い分ける。ナツモが女子トイレを選んだ場合は僕は外で待ちぼうけせざるを得ない。だから、中の様子を伺い知る事はできないが、時には親切過ぎる見知らぬご婦人が、ナツモのトイレの世話を見る事もしばしばあるようだ。幸い、今日ナツモは男子トイレを選択した。

トイレを済ませたナツモが、今日、学校で配られたクッキーを食べたいと言い出した。フェイハとはまた別のクラスメイトの誕生日パーティー招待状に添えられていたものだ。こちらの学校では誕生日を迎える子供の家庭から学校にケーキやお菓子の差し入れをするという慣例がある。その差し入れを囲んで、皆でハッピーバースデーを歌う訳だ。

招待状にある名前を見ながら、僕はナツモに尋ねた。

「シャランって、どんな子?」

「しらない」

「それじゃ、違うクラスの子?」

「ちがうくらすにも、いないよ、そんなこ」

・・・おかしいな、僕の発音が間違っているのか、それとも、実在しない子供から招待状が届いたと言うホラーなのか。

いずれにせよ、ナツモは主役の子は知らないくせに、貰ったクッキーはきっちりと食べる。

空いているカフェの、店員から死角になったソファに腰を落ち着かせ、何も買わずにナツモがクッキーを食べ終えるのを待つ。

今日でラクだったウィークデーが終わり、ハードな土日が待っている。でも、月曜にはアキコが帰国する。我ながら、案外アッサリ乗り越えたな。それは父親として、そしてシンガポールでの生活者として、成長した証拠だろうか。

黙々とクッキーを頬張るナツモを見ていたら、僕はふと、クレイマークレイマーのダスティンホフマンになった気分がした。いや、もちろん、映画とは違い、夫婦で争っている訳ではないけれども。

ふと視線を目の前のシャビィなショップに向けると、そこは運良くギフトショップで、色とりどりのラッピングペーパーが並んでいた。

「もっちゃん、何番がいい?」

「んー、にじゅうばん」

「・・・うん、あのね、12番までしかないんだよ」

「じゃあよんばん」

「6番は?」

「イヤだ」

「じゃあ6番にしよう。お花でカワイイぞ」

まったく噛み合ない会話だったが、ナツモは特に不満はなさそうである。僕は自分の趣味で白地にカラフルな花柄のラッピングペーパーを購入すると、いそいそと家路に着いた。

それにしてもラッピングというのはこんなに大変なものなのか。それとも僕が不器用なだけなのか。何回もやり直したせいで、せっかく買って来たペーパーはもうボロボロだ。

僕がラッピングに根を詰め出したため、ナツモがフェイハのために手紙を書くと言って、何やら僕に手伝って欲しそうだったのだが、それをすべて放置してしまった。加えて、ナツモが手出しをしようとすると思わず「さわるなよ!」と声を尖らせてしまう。

どうもこのような状況で僕は、ナツモに何かを託したり、一緒にやらせると言うことができない。例えナツモのために始めた事でも、自分でやっているうちに、ナツモに触られることで予定が狂うのが許せなくなってしまうのだ。

それはお絵描きや折り紙においても同様である。せっかくナツモが色んな事に興味を持っているのだから、本当はもっと心に余裕を持って、ナツモの知的好奇心をより刺激するよう行動すべきなのだろう。今後の課題だ。

僕がラッピングに夢中になっていると、ナツモが空腹を訴えて来た。

「もうごはんたべたい」

しかし夕食を用意してくれるエリサは今、ミノリを連れてプレイグラウンドに降りている。

「それじゃ、もっちゃんエリサを呼んできな。おとうちゃんこれやってるから」

ナツモは一瞬躊躇していたが、意を決したように玄関のドアを開く。

「かえるのやつ、とって」

ナツモはカエルの彫り物が施してあるストッパーを自らドアに挟むと、おもむろに尋ねて来た。

「あの・・・どうやっていくの?」

「え?下に?」

「ウン」

僕は少し意外な気がした。ナツモはいつもエレベーターのボタンを何も言わなくても自分で押しているから、てっきり一人で下へ降りる事など問題ないと思っていた。しかし、よくよく考えてみると、一人っきりでエレベーターに乗った事はまだないのだ。

そう言えば一度、アクシデントで、ナツモが先にエレベーターに乗っている時、僕とアキコが乗り込む前にドアが閉まってしまったことがあるが、あの時は部屋まで届いて来るような声で泣いていた。しかも、このコンドのエレベーターは両面にドアがあり、行き先によって開くドアが違う。ナツモはまだ、一人では正しい選択ができないのだろう。

「いつも学校行く時に押してる方の1を押せばいいよ。簡単だぞ。行ける?」

「ウン」

「よし、じゃあがんばれ!」

「うん。あの、おとうちゃんも、そのやつ、がんばってやってね」

「・・・おう、わかった、がんばるよ」

やや上から目線ではあるものの、ナツモに励ましてもらったおかげで、僕の人生初のラッピングは、多少見栄えは悪いものの、なんとかカタチになったのである。

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