【150日目】天パー・Temper


July 17 2011, 10:47 PM by gowagowagorio

6月29日(水)

早起きすれば、朝にゆとりができる。

・・・はずである。

何故、ナツモは6時半に起きていながら、8時の段階でまだ朝食を食べ終わっていないのか。

原因は分かっている。コイツはどんなに余裕を持って起きても、朝食を素直に食べ始めないのだ。結局食べ始めるのは出発ギリギリになってから。今朝もそうだ。朝食のメニューにあれこれ文句をつけては食べ始めない。

ここ数日、パンは食べたくないと言うナツモのために、わざわざアキコやエリサがおにぎりを作って出していた。それなのに、今朝はおにぎりはイヤだと言う。「じゃあ、パン食べる?」と聞いても首を振る。アキコが「じゃあカレーにしてあげよっか」と、努めて明るい声をかけても、憮然と知らんぷりしたままのナツモを横で見ていた僕は衝動的にナツモを抱きかかえ椅子から引きずり降ろしていた。

「じゃあオマエはもう何も食うな!あっち行ってろ!」

どうも最近、ショートテンパーになっているのは自覚しているが、一度怒鳴り出すと止まらない。

「オマエみたいなのに食われたらゴハンが可哀想だ!」

もう朝食を終えていた僕は、号泣するナツモを置き去りにして自分の準備を進める。その間にどうやらアキコがナツモをなだめて朝食を摂らせたようだ。しかし、遅刻ギリギリな状況に変わりはない。急いで着替えさせ、歯を磨かせ、さあ出発、という時になって、ナツモが今度は「ペンもってくー」と言い出した。昨日ちゃんと片付けていないため、ナツモが所望しているペンが一体何処にあるか分からない。

「オマエはどうしていつもギリギリになって言うんだよ!今日はもうあきらめろ!もうバス来てるぞ!」

「イヤだ!!」

おかげで、アキコやエリサも総動員でペンの捜索である。そのお姫様ぶりがまた一層僕のテンパーに油を注ぐ。結局ペンはアキコが見つけたものの、完全に遅刻である。スクールバスはロビーの前で苛立ったようにアイドリングしているはずだ。そして何より、送迎担当の女性職員が青スジを立てているに違いない。

そうなのだ。

毎朝顔を合わせる、やや年嵩のチャイニーズ系シンガポーリアンの女性職員は、少しでもバスを待たせると異様に不機嫌になり、こちらが挨拶をしても目も合わせなかったりする。別に彼女のご機嫌を取るためにナツモを急かしている訳ではないものの、「遅れるのは親のせいだからね」という顔をされるのも癪に触るではないか。

エレベーターが降下する間も僕の怒りは収まらない。平然とした顔のナツモに対し怒声を浴びせる。

「オマエ、叱られてんだぞ!分かってんのか?なんなんだその態度は!」

特に悪びれる様子も無く頷くナツモ。まったくコイツは。エレベーターのドアが開くと案の定黄色いバスの車体が目に飛び込んで来た。女性職員の背中も窓越しに見える。ほら、言わんこっちゃない。

「おい、走れ!」

バスに近づく我々に、振り返った女性職員が気付いた。そこで僕は自然とナツモを振り返り、日本語ではあるが、明らかにキレた態度と身振りをアピールした。

「早く来いって言ってんだろ!そんでセンセイに謝れ!」

するとどうだろう。女性職員はいつも見せる不機嫌な顔ではなく、

「やれやれ、しょうがないわね、そんなに怒る事ないじゃない」

とでも言いたげな苦笑を浮かべるではないか。なるほど。今後はこの手で行こう。

バスに乗り込んだナツモも、ナツモなりに僕に気を使っているのか、いつもは絶対手など振らないくせに、車内から僕を見て小さく手を振っている。僕は怒った表情を貼付けたまま、かろうじて手を振り返した。

−−

15時半。スクールバスがロビーに滑り込んで来る。

帰りのバスの女性職員は、行きとはまた別の人間である。降りて来たナツモの様子がなんだかおかしい。いつもなら開口一番「これつくったよ」と、自分の作品を僕に手渡し、抱きついて来るのだが、今日は無言のままだ。一応、手は繋いで来るものの、明らかに距離を感じる。帰宅し、手を洗うときもどことなく元気がなく、僕が石鹸を手渡してもそれをわざと落とす。

これは、まさか僕を避けている?そうだとしたら、無理もない。朝あれだけ怒鳴り散らしたのだ。それもやや憎しみを籠めて。

これは、困った。途端に不安になる。

そんな気持ちになるなら、中途半端に怒鳴らなければいいのだ。嫌われてもいいから、躾を優先するという、断固たる覚悟ができていないのだろう。

手を無言で洗い終えたナツモは、やはり無言でベッドルームへ消えて行った。

その背中を追いかけ部屋に入ると、ナツモはベッドに寝転がり、虚ろな目で天井を見つめている。訳もなく、ナツモの横に寝転がる。しかし、かけるコトバが見つからない。なんと情けないことか。

心を閉ざした僅か3歳半の我が子相手に、何と話しかけていいのか分からず狼狽えているのだ。今からそんな状態では、この子が高校生になった時などどうすると言うのだ。

どんなコトバもナツモの背中に跳ね返されそうな気がして、声がかけられないまま時間だけが過ぎて行く。なのに僕は、平気なフリをしてアイフォンなどいじっている。

そのまま20分ほどそうしていただろうか。意を決してナツモに話しかける。

「今日、学校で何したの?」

返事がない。やはり・・・ん?いや、これは・・・僕はベッドを降りてナツモの身体の前側に回る。

果たして、ナツモは軽い寝息を立てていた。

なんだ、ただ単に眠かっただけなのか。僕は安堵して胸を撫で下ろす。それにしてもナツモ自ら昼寝とはかなり珍しい。そう言えば、今日のスクールバスの中は何故か寝ている子供が多かった。学校で催眠術でも使われたのだろうか。

ナツモが寝てしまったので、今日はゆっくりミノリの相手でもするとしよう。ミノリがさっきからリビングで喚いている。きっとエリサが夕食の準備を始めたため、独ぼっちなのだろう。「だれかー!あそんでー!あいてしてー!」と叫んでいるのだ。

その証拠に僕がリビングに顔を出すと、ミノリはぺかっと破顔した。僕はミノリを抱き上げて鼻と鼻をくっつける。僕とミノリの間で交わす挨拶である。またぺかっと笑うミノリ。

僕は、その上あご右側、前方の歯茎に、うっすらと白い粒があるのを発見した。これは歯に違いない。まだ食べ物のカスの可能性も捨てきれないが、何度か指を入れてもその粒は移動しなかったし、固かった気がする。あれはきっと、歯である。

ナツモが目を覚ます直前に、再びベッドに並んで寝転がり、ナツモが起きると同時にスキンシップで仲直りを図る。「もっちゃんのおしり〜」と言いながら、ナツモのお尻をまさぐり、脇の下をくすぐる。

はっきり言って、実の娘、しかも思春期前の娘だから許される行為だろう。僕はナツモのぺったんこの、しかし柔らかい、小さなお尻が大好きだ。だから毎日、パンツ越しではあるものの顔を付け、揉んで、感触を楽しんでいる。アキコにはその姿を「ヘンタイ」と切り捨てられたが、構うものか。

寝起きで不機嫌だったナツモが、僕のくすぐりに耐えられなくなって笑い出すところも好きである。

子供はいつからこんなにくすぐったがりになるのだろう?ミノリなど、どんなに敏感な所をくすぐってもピクリともクスリともしないというのに。

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