【148日目】カレーなる料理教室


July 17 2011, 8:09 AM by gowagowagorio

6月27日(月)

有閑マダム10人の中に、有閑ムッシュひとり。はっきり言ってかなり浮いている事は否めない。ムネにあてたアキコのエプロンは、あまりにもツンツルテンで、もはや涎掛けのようだ。

今日はどういう気まぐれか、インド料理教室を体験しにきている。場所はノビーナ近くにある講師の自宅である。キッカケは、先日、I家に遊びに行った時のことだった。サツキさんに「もしよかったら・・・」と勧められ、「日記のネタになるかな」という軽い気持ちで参加した。

ちょっと早めに講師宅のコンドに到着し、入り口が分からず途方に暮れていると、サツキさんが友人2人と連れ立って登場した。ちょうど良かった。当然、僕は声をかける。

「サツキさーん!」

しかし、3人は僕の目の前を、僕の方に顔すら向けずにそそくさと通りすぎようとしている。聞こえなかったのだろうか?いや、そんなには離れていない。

「おおい、サツキさん!」

僕は両手を広げてブンブン振った。ようやくサツキさんが僕を認識したようである。無事3人に合流し、挨拶を交わす。先ほど無視された原因はすぐ判明した。彼女たちは、僕が声をかけたことを、ローカルのナンパか、そうでなくとも、関わり合いたくない類いの人物に声をかけられたと勘違いしたのだ。

それを聞いて「やはり場違いだったか」と後悔しかけた。何とか気持ちを強く持ち直して講師宅の玄関をくぐる。

まず目に飛び込んで来たのは、何故か僕の知っている顔だった。あれ?今日はサツキさん以外全員初対面のはずだが・・・

視線の先に居るのが誰なのか、僕は一瞬思い出せずにいた。見ると先方も目と口をまんまるに開けている。「ぽかん」とはこういう顔の事を言うのだろう。そして、僕も今、まったく同じ顔をしているに違いない。

程なく僕はその女性が誰なのかを思い出す事が出来た。ナツモのクラスメイト、コトコちゃんのお母さんである。

「あれ?」「あら!」

シンガポールの日本人コミュニティは、決して大きくないのだろう、必ず何処かで繋がるようにできているのだ。

講師はムンバイ出身のキティという恰幅の良い女性だった。キティという可愛い響きの割には、見た目はドラえもんである。(彼女の名誉のために言うと、若いころの写真を見る限り、かつてはかなりの美人だった)

そして、物腰はインド版・上沼恵美子と言ったところである。授業が始まると、しゃべるしゃべる。レシピとメソッドの間に、ちょくちょく無駄話が挟まるので、マジメにメモを取ろうと必死な有閑マダム達は困惑しきりである。

そして、キティ先生は営業にも余念がないようで、料理が何も終わっていないと言うのに次回イベントのメニュー紹介とメーリングリスト作成に精を出すのであった。

だが、さすがこの職で食べているだけあり、手際の良さと出来上がりの料理の味は抜群だ。

惜しむらくは、この料理教室において僕ら一人一人が料理をするチャンスが無かった事である。僕のイメージとしては、先生の指示のもと、自分で混ぜて、炒めて、煮てなどの工程をこなす授業だったのだが、今日のそれは、完全にレシピの紹介と、先生が調理するのを眺めるだけの形態となっていた。まさにキティ恵美子のおしゃべりクッキングをライブで見ている、そんな風情だ。

今日はチキンティッカマサラ(バターチキンカレー)、パンジャビダール、サフランライス、ガーリックナンの4種が作られた訳だが、あんなに手間ひまがかかるもの、レシピを見返しただけで自分で作れるとはとても思えない。

僕はただでさえ身長のせいで目立つと言うのに、有閑マダムたちの中では一層目立つ。おかげでキティ先生から完全にロックオンされた。

「あなたは毎回来るように!」

まあ、人はとてもいい先生だから、機会があればまた来てもいいかな、と思っている。

帰宅して夕食のメニューを見ると、明らかにナツモ好みではなかった。このままでは何も食べないかもしれない。そう懸念した僕は、ナツモに尋ねた。

「おとうちゃん、今日カレー作ったんだけど、食べる?」

生意気にもナツモは、詳細を尋ねて来る。

「どんなあじ?いつもとおんなじやつ?そーせーじの」

「いや、今日は違うヤツだよ。もっと美味しいの。チキンが入ってるやつ」

それでもナツモは首を縦に振らない。

「・・・見せて」

なんて嫌なヤツなんだ。僕は憤慨しながら、料理教室から持ち帰って来たカレーをナツモに示す。

「これ。ほら、美味しいそうだろ?」

ところがナツモは失礼極まりない態度で顔をしかめると、首と手を同時に振って、これを拒否した。

「いらない」

このクソガキめ。胸の内で悪態を突いたが、もしかしたらナツモは辛いと思っているのかも知れない。

「これ、辛くないよ」

「イヤ。おれんじのキライ」

・・・もう何も言うまい。僕は股関節の痛みも相まって投げやりになっていた。

「あっそう、じゃあもうスープとごはんだけ食べればいいじゃん。どうせ、これとか、食べれないでしょ」

僕はナツモの苦手な八宝菜を指し示した。この突き放した態度が、何故か事態を好転させる。

「たべれるよ」

プライドをくすぐられたのだろうか、ナツモが食い下がって来た。

「えー、いいよいいよ無理しなくて」

「たべれる」

「ほんと?人参は好きだから食べるだろうけどさ、このタケノコとか、食べられないでしょ?」

「たべれるよ」

試しに小さいタケノコのかけらをナツモの皿に乗せると、こわごわではあるものの、本当に口の中へ放り込み、数回咀嚼すると、ごくんと飲み込んだ。

「・・・ねー?」

得意気なナツモの顔を見て、僕は「これだ」と感じた。他の具材についても同様にカマをかけていく。

「このヤングコーンとか、もっちゃんキライだもんね、食べれないでしょ」

「たべれるよ」

やはり。僕は八宝菜の残りの具材についてすべて同じやり取りを繰り広げ、結局ナツモはそこそこの量の八宝菜を平らげた。単純極まりないヤツだ。

「だってもっちゃん、もうすぐフォーだから。なんでもたべれるんだよ」

しばらくはこの作戦で凌いで行く事にしよう。

−−

ミノリが空腹で目を覚ます。

22時、アキコはまだオフィスだ。仕方なくミルクを120cc作って飲ませる事にする。僕がミルクを調合する間、ミノリは大人しくシャブリをくわえてその工程を見守る。

ミルクが完成し、ヌックのチクビをミノリに近づけたとき、僕はシャブリをはずす事を忘れている事に気がついた。当然そのままではミルクは飲めない。まもなく8ヶ月になるミノリは、この場合どうするのだろう?

ふと小さな好奇心が湧いた僕は、ミノリのシャブリを外さずにそのまま成り行きを見守った。するとどうだろう。ミノリは泣く事も無く、冷静にシャブリを「ぷ」と吐き出し、何事もなくヌックを口に含んだ。

・・・おお、すごい。

なんだかとても、どうでもいいような事で成長を感じた瞬間であった。

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