【110日目】偏る
June 15 2011, 8:37 PM by gowagowagorio
5月20日(金)
物音で目覚める。
音の主はミノリではなかった。アキコが出張から帰宅したのである。時計を見るとまだ5時半だ。オーバーナイトフライトで到着したばかりなのに、アキコは今日、普通に出社だと言う。
ははあ。お気楽な身の僕としては、頭が下がるばかりである。
アキコはスーツケースから何やらゴソゴソと取り出し、ナツモの枕元に置いている。どうやら土産物らしい。ナツモにとってみれば、季節外れのサンタがやって来たようなものだ。
アキコは一体何をナツモに贈呈したのかと目を凝らす。暗闇の中に丸くて赤い玉が浮かび上がって見える。なるほど、全長20cmほどのフォルムからすると、どうやら剣玉に間違いなさそうである。
・・・しかし、なぜ剣玉?
それはナツモにはまだハードルの高い遊具と言えるだろう。何事も辛抱して習得する事ができないナツモが、コツコツと剣玉の練習に勤しむとは到底思えない。それどころか、剣玉を剣玉としては使わず、振り回すことが容易に想像できる。それは、ミノリにとって、そして我が家のテレビ、鏡、あらゆる壊れ易い家具にとって、脅威の凶器となることを意味している。これは剣玉の正しい楽しみ方を手本として示せる人間が必要だ。
僕もその昔、マクドナルドが何故か「マックボール」と言う名のプラスチック製剣玉を流行らせた時代に、少々齧ったクチである。ナツモのためにも勘を取り戻しておくとしよう。
僕は暗がりの中そう決意すると、再び深い眠りに落ちた。
−−
今日ミノリは、ベッドから3回目の落下を記録した。
3回のうち2回は、僕がミノリと一緒にベッドに座ってミノリを監視していたにも関わらず、僕が反対側を向いていた、ほんの僅かの隙に落ちている。ミノリの移動速度が急激に増しているのだろう。故に、未だにミノリが落ちる瞬間を目撃したことがない。
今日僕は、落下の危険性があるサイドを固め、すっかり油断していた。しかし、反対側の、壁とベッドの間に僅かな隙間ができていた。ミノリはその隙間にすっぽりとはまってしまったのである。
「ああっ!」
僕の狼狽した声とミノリの泣き声を聞きつけ、風呂に入っていたアキコが叫ぶ。
「なになに?!ミノリ落ちたの!?」
1ヶ月ほど前、初めてミノリがベッドから落ちたのは、アキコのミスが原因だった。その時、僕はここぞとばかりにそのミスを責めた。アキコは今、ここぞとばかりにその仕返しをしているのだろう。だから、叫んだ声にちょっと嬉しそうなトーンが混じっている。
しかし、今回はベッドと壁の隙間に落ちたものの途中で引っ掛かったため、床への激突は免れた。いずれにせよ、ミノリから一瞬たりとも目が離せなくなっているのは確かである。
−−
夕食時。
「ごはんもっといれてー」と、ナツモが言う。しかし、それを聞いた僕は、「はいはい」と返事をしながらも決してナツモの皿に更なるご飯を盛ったりはしない。では、どうするか。
ナツモの皿に既に盛られているご飯は、他のオカズが乗せ易いように更の片隅に寄せられている。その偏ったご飯を、皿全体に行き渡るように均等に伸ばしてやれば良い。当然、ナツモの皿上、ご飯の絶対量は全く増えていない。しかし、ご飯が皿全体を覆うため、見た目には多く感じるのかも知れない。
不思議なのは、ナツモはそれを一部始終見ているということだ。僕が新しいご飯を盛りつけていない事も一目瞭然である。それでも、「これでいい?」と尋ねると、ナツモは満足気にコクリと頷くのである。
それにしても、今日の夕食メニューと来たらどうだろう。ハニーチキン、ラザニア、お好み焼き、そしてご飯。栄養が炭水化物に偏りまくった斬新な組合わせ。エリサのセンスに脱帽である。
子どもなら泣いて喜びそうなメニューなのに(僕もキライではない)、ナツモがこの中で好きなのはハニーチキンのみ。偏って盛られたゴハンは許せないクセに、自分は究極の偏食とは、困ったヤツである。
−−
例の剣玉は、案の定僕の物となっている。
ナツモは剣玉をつかんだ途端、予想通り、ぐるぐる振り回し始めた。ナツモから取り上げた後、練習に打ち込む。勘を取り戻すのに時間がかかったものの、止め剣、振り剣、飛行機は成功。もしかめも、今日一日で大分続くようになってきた。上々の滑り出し。
ナツモは剣玉の技にはまったく興味がなさそうだが気にしない事にする。
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