【202日目】ある意味グレイトな日
September 2 2011, 1:45 AM by gowagowagorio
8月20日(土)
振り返ると、めまぐるしい土曜日だった。僕の、シンガポール内における一日の移動距離は最高記録となったはずだ。ここまで充実した休日というのはなかなかない。しかしそれらは、ほぼすべてが計画されていたものではなく、行き当たりばったりで行動した結果である。
キッカケはナツモだった。
今日は朝からナツモが「ばーどぱーくいくー」と息巻いていたのである。誰もそんな事は決めていなかったし、チラリとも提案していないのだが、何故かナツモはもう行く事に決めてしまっていて、今更そこへ行かないなどあり得ない、というオーラを全身から発していた。
それを感じたアキコと僕は顔を見合わせる。今日は幸いキックボクシングの練習はオフだが、14時からはアキコのタヒチアンダンスの練習が通常通り行われる。そして、その後はマーティン宅で娘マリケンと息子ウォルターの合同誕生パーティへ参加する予定なのだ(これが当初から入っていた唯一の予定である)。
時計を見るとすでに9時半を回っている。行って行けない事はないが、何もお尻が厳しい時に無理に行く事はない。しかし、それはあくまでも大人の事情なのである。ナツモは我々が渋っているのを見透かしているのか
「もっちゃん、こーんなにがまんしたんだよ」
と、アキコに向かって両手を思い切り広げている。そうなのだ。ナツモはナショナルデーの日からアキコをバードパークに連れて行きたくて仕方がなかったのだ。言われてみれば僕は、前回アキコのシカゴ出張中にナツモをバードパークに連れて行き、「こんどマミーといこうね」とナツモに言われて、無責任に
「そうだね、ナショナルデーとかに行けるんじゃないかなあ」
と答えていたのだった。
時間的な余裕のなさもさることながら、空を見上げると、見事なまでの曇天である。今にも雨が降り出しそうだ。いっそのこと、もう降り出してくれていたほうが、ナツモを説得しやすいのだが。
ナツモの気持ちを無下にはしたくないアキコが、歯切れの悪い発言をする。
「行ってもいいけど、雨振ってたら鳥さんたち、いないんじゃないかなあ」
もちろん、根拠もなにもあったものではない。しかし、ナツモはブレない。
「あめふっても、いっつもそこらへんでとりさんとんでるから、だいじょうぶだよ」
もう、下手な誤摩化しは利かない年頃なのである。
−−
行くならさっさと行かないと、と言うことで、タクシーを飛ばしてバードパークへ向かう。幸い、天気もギリギリで保ってくれている。
バードパークに着いたのが10時半、猶予は2時間半といったところだ。ナツモは、初めてここを訪れるアキコに、嬉々として解説をつけて歩く。僕は正直なところ、お腹いっぱいの状況だ。
駆け足で園内を巡っているさなかに、珍しく僕の携帯が鳴った。ディスプレイを見ると、それは3月に僕をマレーシアサーフトリップへと連れて行ってくれたTさんからだった。今はシーズンオフと分かっているのに、思わずサーフィンへのお誘いかと一瞬胸が弾んでしまうのが悲しい性である。
お誘いはサーフィンではなくBBQだったが、もちろん喜んで参加させていただく。この時点で、今日のめまぐるしさが決定されたのである。
−−
13時半、アキコはミノリを連れてバードパークを離脱する。
僕はと言えば、「もっととりさんがみたい!」と主張するナツモを連れて園に残留である。と言っても、14時半にはここを出なくては誕生パーティに間に合わない。
ナツモは案の定、帰りたがらなかったが、僕は冷静に取引を持ちかけた。園の入り口に、最初に目星をつけておいた、如何にもナツモが好きそうな無駄に長細いプラスチックの容器に入れられたスムージーが売っている。
ナツモの喉が乾いた頃を見計らって、「ホラ、あの面白いジュース買って帰ろうよ」と耳元で囁くと、ナツモは目を輝かせて僕に付き従うのだった。
それでもパーティへはやや遅れ気味だった。僕とナツモが家に到着すると同時にアキコから電話が入る。アキコは練習を終え、タクシーで家に向かっているという。そこで僕らをピックアップしようと言う訳だ。
僕は急いでナツモの水着とミノリの外出セットを準備し、二人を小脇に抱えてロビーへ駆け下りる。待っていたアキコのタクシーに飛び乗ってマーティン宅へ向かう。そして、出迎えてくれたビーに祝辞を述べ、さてプレゼントを・・・
という段になって、我々はそれらをカンペキに家に忘れて来た事に気がついた。僕があまりに慌てていた故のミスである。知った仲なので「ごめん、後で渡すよ」が通じない訳ではなかったが、
プレゼントなしでパーティに参加するのは、タダで飲み食いしに来たみたいでどうも気が引ける。ここから家までは往復で徒歩30分の距離である。
アキコの目が「行って来てくれる?」と語りかけて来た。
かくして30分後、プレゼントは無事に手渡され、僕は必要以上に美味しいビールにありつけた訳である。
−−
マーティンとビーが催すパーティにはいつもナイスガイが集まって来る。それもまた二人の人柄のなせる事なのだろう。
その中に、このマンションの住人だという二人のオージーがいた。そして二人ともマークという名である。二人のマークは僕の今後について親身になって(そして執拗に)アドバイスしてくれた。
「なんでオマエは日本に帰るんだ?」
「英語なんて何とでもなるぞ。働き口もあるはずだ」
「確か、その上が空いてるぞ。オマエはそこに住んだらいい」・・・
住む場所に関してはもうある訳だが、それはともかく、二人の積極的な移住のススメは、冗談めかしてはいたものの、その親切心が有り難かった。
こうして、気がつけば僕はミノリが放置されて泣いているのにも気付かず、ナツモが段差から落ちて擦り傷をつくり泣いているのも気付かず、僕は二人のマークと話し込んでいた。
マーティン宅を離れた時点でそこそこ酔っぱらっていた。それはアキコも同様だっただろう。
我々は一度帰宅し(なんとマークA氏が車を出して送ってくれた)、ミノリをエリサに託した。
「もっちゃんはどうする?お留守番しとく?」
アキコが念のため尋ねる。もちろん、ナツモが留守番などする訳がない。
「いっしょにいく!」と息巻いていたナツモだが、如何せん今日は盛り沢山過ぎた。タナメラのTさん宅へ向かうタクシーの中でナツモは深い深い眠りに落ち、そのままついに最後まで目を覚ます事はなかったのである。
途中、激しい雨が振ったため、BBQは急遽室内での飲み会へと変更になっていた。
我々が到着すると、すでにそこそこ出来上がった面々が集っている。さっと見渡すと、Tさん以外で知っているのはマレーシアトリップの時に一緒だったAくんただ一人だったが、それ以外の、今日知り合ったすべての人々が、皆ユニークなサーファーである。
ナツモをソファの影に転がし、タイガービールを煽る。一部の人々は、我々がナツモを連れていることさえ気がついていないだろう。途中で、サーフトリップのドライバーを務めてくれたY氏も加わり、夜は加速していく。見ればアキコも、最近にしては珍しく酔っぱらっている。
Tさんが僕の日記をいつも読んでくれている事が判った。有り難い話だ。Tさんは言う。
「ホントよかったよね、育休が取れて。もうこのまま住んじゃった方がいいよ」
Tさんも二人のマーク同様に移住を奨めるが、彼らに比べるとやや真剣な面持ちである。
そして、バカ話とバカ話の間に発せられた、Tさんのふとした言葉。
「何があったって、家族は一緒に居た方がいいに決まってる」
このシンプルな言葉が、呑んだくれている僕の心の中の、まだアルコールに浸かっていない部分で、やけにくっきりと響くのだった。
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