【274日目】カボチャとは限らない
June 11 2012, 6:56 AM by gowagowagorio
10月31日(月)
ハッピーハロウィン。シンガポール育休生活もいよいよ残すところ一週間となった。
だから言って特別な事は何もない。今日からナツモも学校に復帰、通常の一週間の始まりだ。強いて言えば、昨日の波乗りで心が満たされたおかげで、より子供達に優しくなれる自分がいる。
今日はアキコに時間の余裕があるということで、ノビーナまで出向き、アキコのオフィス近くのイタリアンで昼食をともにする。
食べているうちに大雨となり、雨宿りをするはめになった。実はナツモの学校はそのレストランの道を挟んで反対側にある。このまま15時まで待ってナツモを迎えに行こうかとも思ったが、14時をまわったところでピタリと雨が上がったので、タクシーで帰ることにした。ナツモの事はいつも通り、コンドのエントランスで出迎える。
バスから降りてきたナツモに手渡された荷物に、ナツモが学校で描いた絵が入っていた。手に取ると、どうやらハロウィンの絵だ。
オレンジ色の紙に、可愛らしいジャックオランタンらしきキャラクターが描かれている。
「もっちゃん、カボチャの絵上手じゃん」
僕が手放しに褒めると、ナツモは極めてクールに首を横に振りながら、こう反論した。
「ん?それカボチャじゃないよ」
「え?じゃあなにこれ?」
「りんご」
「え?でもこれハロウィンの絵なんでしょ?」
「そうだよ」
「・・・」
既成概念に捉われない、なかなか自由な発想である。
夕暮れ時、我が家にもコンドの子供たちがトリックorトリートをしにやって来た。やって来たのは皆西洋人の子供だったのだが、さすが、手慣れたハロウィン巧者は仮装の着こなしが違う。皆可愛い角を生やした小悪魔である。
アキコが用意していたチョコレートを受け取る立ち居振る舞いもスマートだ。本場のハロウィンを目の当たりにして僕のテンションも上がってきたが、我が家のナツモには、仮装しようなどと言う意気込みはまったく感じられない。とりあえず、バビーにもらったプリンセスのドレスを着せて写真撮影だけはしておいた。
それまで比較的いい子で過ごしたナツモだが、夕食時に少しだけ我が儘が出た。
今日のメニューは豚シャブだったのだが、用意された豚肉はそんなに多くはなく、足りない分は牛肉で補完するという状況だった。ナツモが好きなのは豚肉である。牛肉など眼中にない。
「もっちゃんにぽーくちょうだい」
「ダメだよ、後はマミーに取っておかないと」
「なんで?」
「なんでって、もっちゃん何枚食べたの?」
「んー、さん」
「違うよ、5枚でしょ。残ってるのは何枚?」
「いちまい」
「それは誰が食べるの?」
「もっちゃん」
「なんでだよ!マミーはまだ1枚も食べてないでしょ?おかしいでしょ?」
「でも、もっちゃんがたべるの!」
皆で分け合うという、2歳ぐらいで覚えたはずの事ができなくなっている。
ただ、根気よく諭し続けた結果、それ以上癇癪を起こす事なく、我慢できたからまあよしとする。
ほどなくアキコが帰宅した。ナツモはアキコに対し、「きょうはずーっといいこだったよ」と宣言した。今さっきナツモのダダを見たばかりだった僕は、「そうかあ?」とやや嘲った声を出した。するとナツモは口を尖らせ、僕に食って掛かって来た。そんな風に言われるのは心外だと言わんばかりだ。
「だってもっちゃん、きょういっかいも、おそとにほりだされてないよ?」
なるほど。
どうやらナツモにとっては、玄関の外に閉め出されない事が良い子の証らしい。自分に対する親の不満は、表だった行動に現れていなければ、ないのと同じと言う事だろう。まるで、潜在的なインサイトはカウントできないリサーチ会社のデータのようだ。
「もっちゃん、お外に放り出されるのは最終手段なんだよ。それまでマミーもおとうちゃんも沢山我慢してて、それでも限界が来て我慢できなくなったらお外に放り出すんだからね」
噛んで含めるようにそんな事を言い聞かせても、ナツモは「一体何の事やら」という表情である。
−−
ハロウィンが終わる夜、ナツモは背中を掻かれながら、すでに心はクリスマスに飛んでいるようだ。
「おとうちゃん、あのね、さんたさんのおうちはどこにあるの?」
「サンタさんのお家はね、寒い所だよ。フィンランドっていう国があってね、そこに住んでるって聞いた事があるよ」
「だれにきいたの?ミス・キム?」
「キムには聞いてないけどね、誰だったかな」
改めて問われてみると、その情報を僕は一体何処で仕入れたのか、自分でも定かではない。
「おとうちゃんの、えいごのせんせいじゃない?あの、たんぐりんとぅりーの、となりのおみせで、ごはんたべておしゃべりした、みどりのひと」
アンドレの事を言っているのだろう。
「そうかもね」
「さんたさん、たいへんだよね、すっごいはやくいかないと、まにあわないよ」
「そうだね」
「となかいさんもね、もっとたいへんだよね、すっごいおもいから。のどもかわくし、おなかもすくよね・・・」
お、少しは他人を思いやる心が出て来たのかな?
僕は自分も睡魔に飲み込まれそうになりつつ、感心する。そのままナツモは眠ってしまったようだ。
ふふ、他愛ないやつめ。
寝入ってしまった娘のパジャマのズボンをぺろっとめくり、僕がそのお尻に顔を埋めてちゅっちゅっとキスしていると、完全に眠ってたと思われていたナツモが、突然むくっと身体を起こした。
「おとうちゃん」
僕は焦って身構えた。自分の変態行為をナツモに「やめて」と咎められるのではと思ったのだ。
「あのね、もっちゃんが、さんたさんにもらうやつね、ぷりきゅあのしーるとね・・・」
ナツモは僕の変態行為など意に介さず、まだサンタクロースの事を考え続けていたようだ。
まさか、先日はプレゼントにシールがいいと言っていたが、やっぱりそれだけでは物足りない、もっと高価なものが欲しいと思い始めたのだろうか?
「しーると、かばんにつけるやつ。かれんがもってたやつね」
なんだ。ナツモが宣言したのは、塩ビ製の、ワッペンのようなもの、シールと大して変わらないものだった。僕はてっきり、「かたいヤツ」(ゲームと)と言われるのかとビクビクしたが、またもや拍子抜けだ。
しかし、ふと考える。
例えば実際クリスマスのとき、シールじゃあまりに安いから、よかれと思って「かたいヤツ」をプレゼントしたとすると、ナツモは「頼んだヤツと違う!」と怒ったりするのだろうか。
ここは言われた通りの物を用意すべきなのだろうな。もしくは、それに加えて、かたいヤツを用意するか。いや待てよ、それはいくらなんでも甘やかしすぎか・・・
僕があれこれと考えているうちに、今度こそナツモは眠ってしまったようだ。
ハロウィンの終わり。それは、クリスマスプレゼントについて探りを入れる毎日の始まりである。
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