【171日目】仲直りに効くクスリ


July 27 2011, 10:14 PM by gowagowagorio

7月20日(水)

朝から喉が痛い。完全にナツモからもらってしまった。ナツモもまだ鼻水と咳が止まらないし、そしてミノリも青っ洟を垂らしてはじめた。見事な感染率である。

−−

「あーっ」

リビングのフロアで寝転がっていた僕の背後で、ナツモの素っ頓狂な声が上がった。

「こぼしちゃった」

肘を床に付いて、顔だけナツモの方へ捻じ曲げると、ナツモが、えへへ、とお茶目に笑っている。ナツモは先ほど、子供部屋から小さいテーブルをリビングへ運び込み、そこで夕食を食べたいと言っていた。

我が家のダイニングテーブルは恵比寿の狭小住宅に合わせて購入した物なのでさほど大きくない。そのため、子連れの来客などがあったときは、今ナツモがやっているように、子供部屋のテーブルをリビングに置いて子供たちはそこで食事を摂る事が多い。ナツモはそれを再現したかったのだろう。

間もなく夕食ができるが、一足先にナツモ自ら牛乳を出してきてそのテーブルで飲もうとした際、うっかりこぼしてしまった、と言うわけだ。

「あーあ、ほら、あっちのテーブルで飲めばいいのに・・・」

その時点で、僕は大してその過失を気にはしていなかった。どうせ、少し雫が飛んだ程度だろう。そう目くじらを立てる事もあるまい。

半身を起こした僕の目に、完全に横倒しになったプラスチックのコップが飛び込んできた。ああ、意外と派手にこぼしてくれたな。そして、黄色いテーブルの端から雫が滴り落ちたのを見た時、僕は重大な事を思い出した。

確か、僕は先ほど、アイフォンをその黄色いテーブルの上に、それもほぼセンターに置いたはずだ。そして今、牛乳の濁流が、テーブルの端から床へ勢いよく流れ落ちている。

弾かれたように身体を起こす。

惨めな僕のアイフォンは、その白いボディの半分を白い液体の中に浸からせていた。

「コラァ!」

思わず恫喝的な声で叫ぶ。慌ててアイフォンを拾い上げ、動作を確認する。幸い、スクリーン面を下にしていたのが良かったのか、今のところ問題なく動いている。しかし、隙間から入り込んだ牛乳が徐々に基盤を蝕む可能性はまだある。その危機感からくる焦りが、どうしようもない怒りとなって、ナツモに向かって放たれた。

「ふざけんな!オマエ、だからあっちで飲めって言ったろ!どうすんだこれ!?」

アイフォンには、デジカメを持たない僕の思い出の写真が全て詰まっている。怠惰な僕はそれを母艦であるマックブックにはバックアップしていない。

「オマエ、これから二度と電話さわんなよ!」

確かに牛乳をこぼしたのはナツモの過失だが、そこに置いたのは僕だ。ナツモは電話をいじる事は確かにあるが、今回の件とは無関係だ。明らかに理不尽な怒りをナツモは向けられている。日記を書いている今になって、ようやくそう思えるようになったが、あの瞬間はどうかしていた。

怒りが収まらない僕は、ナツモに無理矢理ごめんなさいを言わせると、スタディルームへ引きこもり、ドアを乱暴に閉めた。明らかに様子がおかしい父親に困惑したであろうナツモは、スタディルームのドアをほんの少し開けて中の様子を伺ってくる。僕は完全無視を決め込む。

いつもなら僕に対してあーしろこーしろと要望を出しまくるナツモだが、今回は僕の様子があまりにおかしく、これはいつもと違うぞと感じたのだろう。空気を読んでそれ以上踏み込んでこない。我が儘も言わない。夕食になってもその状況は変わらず、粛々と食事が進む。

可哀想なのはミノリだ。いつも通りに振る舞っているだけなのに、僕の機嫌が悪いばかりに、そっぽを向いている間に離乳食を下げられてしまった。とんだとばっちりである。

ナツモは様子を伺いながら、時々いつものように「むにーがあしあげてるよ・・・」と報告したり、僕がミノリに対して舌打ちするたびに「ちゃんと前向かないといけないんだよね、」などと、僕の仲間である事をアピールしたりするが、それがいちいち勘に触るため、

「あ?うるせーな、黙って食え」

いつもナツモに話しかける声とはトーンも言葉遣いも異なった、不良漫画のキャラクターのような話し方で対応してしまう。

重たい空気が食卓に流れるが、ナツモは特に反省しているわけではなく、扱いにくい父親への対応の仕方に頭を悩ませているだけだろう。

そして、ついに僕の事を諦めたナツモはエリサに遊んでもらう事にしたらしい。エリサ、ナツモ、ミノリの3人が子供部屋へ消えて行った。僕は独りダラダラと食事を続ける。これではまるで僕がネグレクトのようである。

−−

次第に、僕も気持ちがおさまってきた(まだアイフォンは生きている)。そろそろ仲直りのキッカケが欲しいが、ここまで引っ張るとそれがなかなか難しい。

一方で、僕がこのままの状態だと、もしかしたらナツモがよく言う事を聞くのではないかという、まったく見当はずれのことを考えたりもしていた。

そこで、僕は実験を試みる。

リビングでだらしなくテレビを見ているナツモのところへ歩み寄り、不良漫画のトーンで言う。

「おい、テレビやめろ。風呂入れ」

そして有無を言わさずスイッチを切る。ナツモは一瞬、首を横に振りかけたが、スタスタと黙って僕についてバスルームへやってきた。

やっぱり、よく言う事を聞くな、とその時は思ったが、単に、ナツモとしてもここがキッカケと捉えただけの事だろう。

「もっちゃん、おとうちゃんはずっと怒ってるんだぞ、それわかるか?」

コクリと頷くナツモ。

「なんで怒ってるか知ってる?」

「・・・しらない」

やはり。無理もない。

仲直りの証として抱っこしてハグしてやる。いや、ハグさせて貰う。ナツモなりの仲直りの証として、風邪気味の自分と僕のために薬をとってくるという。

「もっちゃん、おくすりとってきてあげるね!」

確かに、ナツモは昨日も一昨日薬を飲んでいるため、冷蔵庫に自分の薬がある事は知っているだろうが、僕用の風邪薬など、分かるのだろうか?不思議に思いながらも、ベッドで待つ。

1分後、「もってきたよー!」と高らかに宣言するナツモの手には、キャベジンが握られていた。僕は思わずクッスリと微笑んだ。 

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