【146日目】文東記奮闘記
July 15 2011, 7:19 PM by gowagowagorio
6月25日(土)
今日は朝からチキンライスの気分だった。それも、「文東記」のチキンライスだ。
シンガポールにおけるチキンライスの有名店が、実は我が家の近くにもある、昨夜STK家から仕入れた情報である。様々なチキンライスを試してはいたが、「文東記」はまだだった。
だから、キックボクシングが終わった後の、「今日の夜ゴハンどうする?」というアキコの問いに対し、グーグルクローム並みのスピードで「文東記のチキンライス」と反応していた。
「いいね」
アキコも二つ返事だ。こうなると俄然胃袋はチキンライスを受け入れる準備を整え始める。
しかし、その前に我々にはやる事があった。IKEAでマットレスを購入することである。ミノリが徐々に成長するにつれ、セミダブルタイプのベッドに家族4人が川の字+1本で眠るのには限界を感じていた。そこで、ベッドの横にマットレスを敷く事にした訳だ。それなら、ミノリの落下事故防止にもちょうど良い。
キックボクシングとタヒチアンが終わって帰宅すると、時刻は既に16時半。すぐに着替えて再び家を出たのは17時。僕には嫌な予感があった。果たして、買い物客を目移りさせるプロのIKEAにおいて、1時間以内に買い物を完了させることができるのだろうか。早くしないと、まずミノリが腹を空かせる。ミノリに離乳食を与えているうちにずるずると時間が遅くなり、「今日はもう、家で食べよっか」という事になる。そんなことは、もう僕の胃袋が許さなかった。
IKEAではなるべくアキコを刺激しないよう、買い物を急がせる。幸い、目的のマットレスは奇跡的にスタート地点で望み通りのものが見つかった。おお、今日はIKEAが僕に味方してくれている。しかし、もちろんそれで買い物は終わらない。
「これどうかな?」
随所で繰り出されるアキコの問い掛けに、なるべく邪険にならないよう「うーん、今は必要ないんじゃないかな」などと答えていく。その甲斐あってか、奇跡的に18時には買い物が終了した。
よし、いいペースだ。
購入したマットレスは梱包を解かないと折り畳んでタクシーのトランクに積むことができない。アキコがマットレスを包んでいる段ボールを剥がして行く。その段ボールをIKEAのリサイクルボックスへ放り込んだ時だった。ナツモが、「だんぼーるもってかえってー」と騒ぎ出した。
マットレスを包んでいる段ボールだから、結構なサイズである。はっきり言って持ち帰るのは面倒くさい。持って帰ったってどうせそれっきりになるのは目に見えている。アキコが言下に却下するが、ナツモは断固として引き下がらない。
「持って帰ってどうするの?」
アキコが苛立って問いつめると、ナツモは即座に答えた。
「でんしゃごっこしたい」
僕は、このナツモの発言に少し驚かされた。段ボールは、当たり前だが電車のカタチをしていない。しかし、サイズはあるので、確かに自分で創意工夫すればナツモが入って遊べる立派な電車ができるだろう。ナツモは自分でその見通しを立てたと言うことなのか。少なくとも今まではそんな事はできなかったはずだ。ふとしたことで成長を感じる。目的がしっかりしていれば話は別である。
アキコも同じ気持ちだったのだろう、タクシーを待つ行列からリサイクルボックスまで、アキコは段ボールを取りに走った。
僕の嫌な予感は的中した。
帰宅すると18時半。ミノリは空腹の限界だ。ナツモは早速電車ごっこの準備に取りかかる。ミノリに離乳食を与えながら僕は苛立を隠せない。身体を捩らせてナツモの作業に見入るミノリを怒鳴りつける。
「ちゃんと食べないともう上げないぞ!」
もちろん、ミノリに罪はない。いつも通り行動しているだけなのだ。それは分かっている。続いてナツモを入浴させる。
「早く早く!早くしないとチキンライス食べられないぞ」
僕はナツモの目の前にニンジンをぶら下げるようにチキンライスをチラ付かせた。ところが。
「ううん、ちきんらいすたべないよ」
なんと。ナツモが大好物を食べられるチャンスをいともあっさりとキックするとは予想外である。しかし、ナツモが行かないからと言って、もはや引き下がる事はできない。
「じゃあ、大人だけで行って来ていい?」
僕はなりふり構わずナツモに聞いた。エリサがいなければそんなことは不可能である。
「うん、いいよ」
ナツモは簡単に頷いた。よし。ナツモのお許しは得た。
ところが、肝心のアキコが「私も家で食べようかなあ」と言い出した。なんでも気持ち悪くて脂っこいものを食べる気分ではないそうだ。
・・・そんな。呆然と佇む僕。
「一人で行って来てもいいよ」
アキコも僕の気持ちが解っているのだろう。僕はその提案を受けようかと一瞬考えた。文東記までは自転車を飛ばして行けば5分ほどの距離だ。しかし、一人でそのチキンライスを食べた所で、楽しいだろうか。
僕は直前で思いとどまった。頭と胃袋を切り替えるべく瞑想する。しかし、切り替えようとすればするほど、頭の中ではまだ観ぬしっとりとジューシーな鶏肉と芳醇なライスの味が再現されてしまう。
「明日の夜行こうよ」
見兼ねたアキコが僕をなだめる。
よし、絶対だぞ。
僕は家で用意された食事にほとんど味を感じないまま掻き込み、真新しいマットレスに早々と横になる事にした。
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