延命治療について

親戚に医療系の人間はほとんどいない。

従兄弟がなくなったときのことである。がんの末期で脳出血を起こし、もう意識の回復が望めない状態で電話がかかってきた。患者の弟からだった。

なんやかんやあって電話がかかってきた翌日に仕事が終わったあと、他の従姉妹と合流して、彼が入院している病院へやってきた。もう意識も回復する見込みもなく心臓が動いているというだけの状態だった。

人工呼吸器につながってモニターは波形を映している。医師の回診で患者の父親である伯父が、医師に言った言葉がこれだった。「もうこれ以上の延命治療はしないでください。」

なんというか、という気分になった。人工呼吸器をつけた後でこれ以上の延命治療というのか、と。もう結構な延命治療をしているというのに、と皮肉な気分になったのだ。従兄弟はもう脳の写真は真っ白で、回復の見込みもなくそのまま心臓だけが動いた状態で、だんだんと血圧が落ちてゆき、数日後に亡くなった。まだ50前の強い心臓は、強制的にさせられている呼吸を頼りに数日動き続けたのだ。

伯父は当初、もう意識もないので会いに来ないでと言った。皮膚がひどい状態になっていたので見せるに忍びなかったのもあるだろう。しかし、死に向かっていようと生きている状態で会っておくのと、いきなり動かない死体に葬儀の席、棺おけの中での再開とではかなり違う。死に向かう連続性を見ずに送ったときの喪失感は言葉では表せない。まして、ほとんど年齢の変わらぬ相手なのだ、゛もういない”と゛いなくなってしまう”の間を埋める価値は大きい。渦中の人がそれに気づかないのは、仕方のないことだとは思うのだが、ここで会っていなかったらかなり後悔するだろう。

従兄弟は最後に生きて会った日から数日後に心臓が止まった。無理やり生かしていた感はあったが、最後にはそれで良かったのかもしれないと思った。亡くなるとき、ゆっくりとフェードアウトすることもなくもないが、大体最後はすぅっと身体の機能が急に止まったように見えることが多い。若くしてなくなっていく息子に対して、伯父達は心の準備が出来ていなかったのではないかと思う。人の死に立ち会う機会も多くない現在で、伯父たちも例外ではなく、ましてや息子が末期だったとは言え、心の準備が出来ないうちにいってしまったとしたら、それはつらいことだろう。

従兄弟に施された延命処置は、医学的にはまったく意味のないことであったかもしれないが、伯父達家族が、彼が死んでいくことを受け入れる時間を作ったと言う意味では、大きな意味があったのだと思う。その間に、本人は意見をいうことはできなかったが、家族の中でその後のことを会議する時間を十分に持てたようだ。私は最初に持った感想を否定する。延命をすることで彼は家族に前を向くための時間を作ったのだ。

そんな彼の終わりの時間の中で、私の記憶に一番残っているのが、彼を見守り両親を支えた彼の弟のやつれた顔をしなびたナスのようだったなぁと思うこと。それが一番「なんだかなぁ」なのである。

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