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薬剤師=機関士説

先日ある機会があって、薬剤師同士で
「”薬剤師ってどういう仕事?”って聞かれたら、なんて答える?」
というディスカッションをしました。
「縁の下の力持ち」「安心と安全を届ける仕事」「患者さんの治療と並走する」…いろんな側面、言い回しがあると思います。

私の中にふわっと存在し、これまで誰にも話したことのなかったイメージ「薬剤師=機関士説」。これを話してみたところ、予想以上の方から「面白い」って反応が返ってきて。
誰にも理解されないかも、と思っていたこのイメージを共有してみようという考えに至りました。

6年間大学病院で病院薬剤師を経験した一薬剤師の個人的なイメージです、ということを前置きしつつ、こんな立ち位置から薬剤師を楽しんでいる人もいるよ、というのが伝われば嬉しいです。

世界観と登場人物

タイタニック号のような大型の船を想像してください。
この豪華客船(患者さん)の中は、いろんな要素でできていて、物理的な身体や臓器だけでなく、本人の気持ち、生活、運動、食事、家族などで構成されています。

この船に対しコミットしている登場人物はたくさんいます。
まずは、船のオーナー(患者本人)。専門家としての知識は少ないものの、この船が最終的にどこに行きたいのか、どのような速度で、どのような価値観を大切にして航海していきたいのかを決める、意思決定者。

それから、船のクルーたちがいます。
オーナーの意思を汲んで具体的な航路を決めたり、船全体の状況を統括し、司令塔となる船長(医師)

船長の仕事をサポート(診療補助)しつつ、手が届かない部分のケア(療養上の世話や生活のケア)をする看護師は、一等航海士や客室乗務員のようなイメージでしょうか。
船長(医師)が現状分析(診断)と指示出しをすると、一等航海士(看護師さん)は看護、生活、気持ちのケアをしたり、診療のサポートをします。

この船には、他にも数えきれないほどのプロフェッショナル・クルー(技師さん、PTさん、心理士さん、医療福祉士さん…)が乗っていて、例えば厨房に行けば船舶料理士(栄養士)が食事のケアをするなど、一丸となって航海しています。

さて、薬剤師はどこにいるのかというと…
薬剤師が関わる薬物療法は、特に内科的な管理だと治療のエンジンのようなもので、それをケアする薬剤師は機関士です。

薬剤師という機関士

エンジンの専門家だから、普段はけっこう地味な仕事。
とくに、賢明な熟練船長だと、船長の決断を見守り、点検(処方監査)し、問題ないことを確認してからエンジンを動かす(調剤する)のがベースの仕事です。

機関士が表舞台に駆け上がってわあわあ主張しているのは、その船のシステムに何か問題があるときでしょうか。(ディスカッションの意見で「薬剤師が表舞台で活躍しているのは、医療崩壊のとき」と言っていた方がいましたが、このようなイメージでしょうかね。)

メカニズムの知識が生きてくるのは、
①船のどこかにガタがきているとき
→後側のモーターが不調のときは、通常時の半分の燃料でも同じくらいの負荷がかかるので調整が不可欠(腎不全患者では投与量を半分にしましょう、重篤な肝不全患者には禁忌です、など)。

②いつも通りエンジンをふかしているはずなのになぜか思うような出力が得られない(薬物間相互作用、薬物動態の変化、食物-薬物間相互作用)

③船長の得意分野ではないとき(専門領域の薬は自信とこだわりをもって処方しているが、便秘薬・眠剤・鎮痛剤・外用剤あたりは、どこの病棟でも相談されることが多い。外科や産科の医師は、薬関連の事案ってだけでこまめに相談してくれることも。)病院の〇〇チーム(ICT、NST、緩和ケアなど)もここに該当するかもしれません。

他にも、
④新米の船長さん(研修医、専攻医の中には「なんでも聞ける薬剤師をみつけて味方にしておけ」というアドバイスをする人もいるのだとか。)

私は車のメカニズムはほとんどわかりませんが、平常時の運転は問題なくこなせます。これは、中がブラックボックスでも、入力→出力を覚えていれば、通常問題ないということ(右ペダル→アクセルがわかれば、とりあえず進む)。
薬もこれと同じで、「この薬を飲む→血圧が下がる」で済んでしまう事例も多いかもしれませんが、イレギュラー(多剤併用、特殊病態など)なときにはメカニズムの専門知識が活きるのです。

技術職だけれど裏方に甘んじない

薬剤師は機関士。患者・他スタッフへの安心・安全を提供する、縁の下の力持ち。
でも、技術組だからって全く表にでなくていい時代は過ぎました。

オーナーである患者本人に、直接説明に行き理解を得ることも、欠かせない大事な仕事で、やりがいです。
「意向はぜんぶ船長(医師)に伝えたから、もういいよ。何も話すことなんてないよ」と悲しい扱いを受けることもありますが、ここが腕の見せ所。

だって、車検でも基本プランは営業さんと話し合って決めますが、車検後に詳細はエンジニアさんから説明をうけますよね。

病院のIC(インフォームド・コンセント)でも基本は医師が病状や治療方針を説明するが、看護師が同席し、IC後のフォローアップ(理解できたか、聞けなかったことはないか)をしますよね。

同じことでも別の視点から、確認する。実は説明が伝わっていなかった、勘違いしていた、聞きたいことが聞けなかった、などがないか確認をする。
これが、患者本人の、そして医療スタッフ側の安心と安全に繋がります。

「疑義照会でお薬が変わると薬剤師がいる意味を実感してもらえるのか、次からは薬剤師にもお話してくれるようになった」ともきくから、レアだけれど重要なケースを見逃さないために、コミュニケーション力を磨き、信頼を勝ち得ていくことも求められています。

付加価値をつける

なにも問題がないことが多くても、「煩わしいなあ」と思われずに「話してよかった」と思ってもらえるようにする方法が、付加価値をつけること。

オーナー(患者)、他のスタッフの声に耳を傾け、知識を総動員し、エンジンの調整で解決できる問題があれば提案していく。

・燃料の消費が激しくて積荷が重いなら、軽くて燃費の良い燃料を提案する(1度に飲む数量が多すぎる→ポリファーマシーの整理や合剤の案内、簡易懸濁や剤形変更を提案)
・エンジンをふかしっぱなしで騒音が問題なら、夜間は切り替えてメリハリをつけて運行(1日3回飲むのは大変→長時間作用型への切り替えを検討)

ほかにも、服用時点の変更、小児では食べ物や飲み物との飲み合わせで飲みやすくなること、副症状の対処にOTCを勧めるなど、かゆいところに手がとどく提案ができる薬剤師。

技術屋さんとして、寡黙な職人然としておけば事足りるわけではなく、コミュニケーション力、ニーズを把握する力、提案力などが必要とされつつあると感じます。

機関士の醍醐味:たくさんの船を覗ける

100人の船長がいたら、100通りのやり方がある。100人のオーナーがいたら、100通りの意思決定がある。

私が病院薬剤師として一番楽しんでいることは、たくさんの船の乗組員になってたくさんの船と関わり、その文化・関係・意思決定の違いを覗くこと。
人と人との関係性の多様性が私の興味の中心なので、患者ー医療者間だけでなく、スタッフースタッフ間の関係性も、大変興味深いです。

医師は基本的に専門となる診療科が固定、看護師は病棟に固定。薬剤師はこの2職種よりずっと数が少なく、発行された処方箋は何科だろうが調剤する。見知らぬ医師にも疑義照会の電話をかける。病棟と共有したほうがよければ、担当看護師に申し送る。
私の勤務する薬剤部では2-3年ごとに薬剤師の担当病棟が変わるので、病棟の雰囲気、患者対応の様子、カンファレンスの空気感、飲み会のノリ、忘年会の出し物(笑)、診療体制(主治医制かグループ制か)、職種間の関係性など、観察対象に事欠きません。

加えて、研究をする上でも、薬剤師の自由度は有利に働きます。
「この薬剤を服用している患者を対象に研究しています」と説明し、診療科横断的な研究だってできます。どの先生が主治医でも、許可をとって患者の同意をいただき、縄張りなど気にせずに研究できるのは、コメディカルならではかもしれません。

「本当は医師になりたかったけれど、学力が足りなかったので薬剤師になりました」って方をたまに見かけます。
私にとっては、これは少し不思議なこと。医師は船長でリーダーだけれど、薬剤師は機関士で参謀なので、趣が違うように思うのです。

医師、看護師、技師、療法士…他の職種を本当に尊敬すると同時に、自分にはとてもじゃないけれど無理だ…と思います。

私にとっては、機関士で参謀で遊撃部隊で余白が多くて伸び代も多い、あっちにもこっちにも首を突っ込める薬剤師という仕事が好きで、面白い。
薬剤師っぽくないと言われる自分を受け入れてくれる、懐の深い職業です。

これまでとこれからの薬剤師

これからの薬剤師は、手技中心→手技+知識+付加価値へとフィールドを広げていく時だと思います。

昔は、手技としての調剤(=技術屋としてエンジンを動かすこと)が業務の中心。Vマスの分包機で散剤をまく、軟膏を均一に混ぜる、抗がん剤やIVHの混注も技術です。
機械化で業務量としては縮小されつつあるのも事実だけれど、実務実習前のOSCEで手技の試験を受けるように、これができないと話にならないのが薬剤師。

そして、それに加えて、処方監査や処方提案に足りうる、薬物動態を中心とする知識。知っているだけでなく、学び続け、検索し、世の中のエビデンスを吟味する力。目まぐるしく進歩する医療の世界をキャッチアップし続ける。むしろ、研究を通して新たなエビデンスを発信する力。

患者と他スタッフのニーズを把握し、解決策を提示し、コミュニケーション力を駆使して納得と安心と安全を提供する。チーム医療で活躍する。

ここに書いたこと、書ききれなかったことを生真面目に全て網羅しようとすると、パンクすると思います。
ベースの仕事、機関士としての決して派手ではない仕事に誇りをもちつつ、自分の得意なこと、やりたいこと、勤務場所のニーズと適合しているものを探りながら、上乗せしていくのが、これからの薬剤師の姿ではないでしょうか。

いま自分が考えていることが、これから薬局で働いたり、もっと違う世界をみていく上でどう変わっていくのかも楽しみにしつつ…♡

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写真は、ラスベガスに学会出張に行ったときにタイタニック展で購入した本。
ホテルの内部にタイタニック号の破片!?を展示していて、乗客の手記やエピソードなど、心がぎゅっと動く体験でした。

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