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死ぬ間際の声は、生きたいだった。

男はかなり酔っていた。もうどうしようもない、何かを呪うかのように、言葉を吐き出して、いた。
「なんで、オレはこんなに若いのに、膨大な奨学金を背負わなければならないんだ。払えるには、自衛隊に入らないかと言う。こんな若い学生が多くいるんだぜ。知ってるか?」
「ああ、知ってる」
「なんで、高層マンションの上の階に住めてたり、軽井沢から通っている若い奴らがいて、オレみたいな貧しい、借金背負った学生が多いんだ。オレは納得できねえ」
「それはな、アメリカサマの後を追いかけ、アメリカサマの言うことを聞いている国だからなんだよ。向こうでも、若者が奨学金の返済で苦しんでいる」
そう言うと、ボクは名刺の裏に、アプリの名前を書いて、男に渡した。
「自由になりたいなら、組もうぜ。ここに出口を書いておいた。このアプリを使うんだ」
男はその名刺をじっと眺めていた。そして、テーブルに突っ伏していた。

「この世界は誰が作ったんだろうなあ、人間が作った部分があるなら、変えられるよなあ」

ボクはそう言うと、電信柱のクロスした電線網から、飛び立つカラスを眺めていた。
「昔、確かにここでオリンピックがあったんだ。皆熱狂した。だが、その後、何も変わらなかった。事態はますます深刻になっていった。政府はいつも『予算がない』って言ってたっけ。そして、今の、この強烈な格差、膨大な貧困層と僅かな高所得者層になったんだ」
持っていた、リサイクルマークのついたペットボトルを、グチャっと握り潰した。

「あの時、変えなきゃ。と言ったんだが。な」

家に帰ると、ロボットの犬、ロボコが待っていた。ワンワンと懐いてくる。
「お前は、いつ見ても、可愛いな」
頭を撫でると、
「アレクサ、テレビニュースを頼む」と言った。
すると、美しい画像のテレビがプロジェクターで映し出された。
『今日も、自殺者が過去最高を記録しました』
『ヨーロッパの各地で、政府に対するデモが今日も起こりました』
ボクは、ノンアルコールワインの栓を抜くと、グラスに注ぎ、
飲んだ。つまみには、チーズと鰯のペーストを食べた。味はまあまあだ。

外には相変わらず出にくかった。新種のコロナが蔓延り、ロックダウンが
また引かれていた。ボクの左腕はワクチンの跡が残っている。
人類とコロナとの闘いは、もう4年になる。
始まったのは、忘れもしない、中国の武漢にある、研究室からだった。
それから、あっという間に、全世界に広がり死者は1億人を超えた。
ワクチンがファイザー社から作られたが、何度も新種が発生し、
食い破られた。人類は、もう疲れ切っていた。

「元気か?ちょっと話さないか?、zoomで」
友人のゴッチから、ヘッドホンのディープで酔いそうな
クラブミュージックに
割り込んで、音声が聞こえてきた。
「緊急か?」
「いや、でも混み入ってる」
「どうしたんだ?」
「政権が変わるかもしれない。今のカリスマ的な首相の、
ワクチン対策と景気対策がうまくいかないからだ。
民衆はかなり、不満を溜めている」
「週刊誌が政権の不祥事を抑えた。疑獄事件だ」
「選挙になるのか?」
「それはわからない。ただ、政権は変わる。民衆の不満を
取れなければ、どんな人でもダメだ」
「選挙になったら、負ける可能性も出てくるからな」
「それで、シゲル親父のberに来てほしいと」
「なぜだ?」
「これ、聞かれてるからさ」
「・・・・わかった」
そう言うとボクは革のコートを羽織り、重い扉を開け、
足を踏み出した。扉は、ギギギギと不気味な音を鳴らしながら、
閉まった。

 アスファルトの乾いた路上には、今日もカラスがいた。
そのカラスを追払い、berへ、急いだ。
シゲル親父のberは、奥まった商店街の2階に
ある。
階段の前に来ると、周りを確認した。
灰色のカラス、尾行が張っていた。
構わず、ボクは古びた、ステッカーでごちゃごちゃ書かれた
階段を登った。

扉の前には、こう書かれていた。
『人はパンのみで生きるのではない』
鍵は、顔認証と網膜認証だった。
ピーとスキャンすると、カチリと、ロックが外れた。
ボクは、扉のノブを回して、中に入った。

「いらっしゃい、あっ、電子器具、携帯類はそこの箱に入れて」
シゲル親父が声をボクにかけた。
これは、基本的な、盗聴防止だ。
「お客さん、何にします?」
「ウイスキーのロックで、つまみは、そうだな、オイキムチをもらおうか」
シゲル親父は、髭をたくわえた顔で、ニヤリと笑った。

店内にはうっすらと、ジョンコルトレーンのジャズレコードが聞こえている。
ボクは、そっとナフキンを手繰り寄せた。

「どうぞ」
ウイスキーとツマミが光沢のある渋い木のテーブルのカウンターに
並べられた。
「で、用事はなんだ、呼び出したにはなんかあるんだろ」
ボクはウイスキーのグラスを少し舐めて、話した。

「ここに、二つの豆がある、一つは、輸入アーモンド。二つ目は、国産大豆だ。
どちらもまだ遺伝子改良されてない。お前が、好きな方を食べろ。
それで運命が決まる」

白い小さな皿には、豆が置かれていた。
微妙に回転し、震えている。

ボクは、皿を見つめた。おもむろに、国産大豆をとり、
「これ、もらってくわ。じゃ、またな、親父」
突然、建物が揺れた。縦揺れだ、しかも大きい。
「じゃ、決めとくぞ、もう変えられないからな」
親父はそう言うと、まだニヤついていた。

ボクは揺れる階段を踏ん張りつつ、表に出た。
灰色カラスはいなかった。

表の道路では、車同士の交通事故で、道路が
麻痺していた。ボンネットには血糊が付いていた。
アスファルトには、タイヤの滑った跡が、叫び声のように
長く残っていた。

 コロナの終焉が遅れていることは、人間の心身を、確実に疲弊させていた。
経済は、だいぶコロナ下の状態に順応し、成り立たせていた。
近所のレストランも、持ち帰りとデリバリーに重点を置き、その変化が、
経営を持ち直していた。観光業と航空業は、各国が封鎖状態にあるために、
落ち込んだ状態が、続いていて縮小傾向にあった。
だが、本来ならば、人と人が直接会うということが、重要な交流なのだ。しかし、
人類は、長い間距離を取らざるを得ない状況にあった。

 家に帰ると、炭酸水をボトルに詰め、喉に注ぎ込んだ。
ゴクゴクと喉を潤したあと、ネットの画面を見た。
腕にはめた時計が震える。
メールが入っていた。
『家着いたら、zoomくれ』
とあった。
パソコンの電源を入れ、zoomを立ち上げた。
奴はすぐいた。
ドンだ。

「久しぶり、元気そうじゃん」
「まあな」
ドンは広告代理店の営業らしく、
垢抜けていた。
「シゲル親父のバーに行ったんだって?」
「早いな、ああ」
「どうだった?」
「いや、豆を選ばされた」
「豆?」
そう言うと、ボクは頭をポリポリとかいた。
「そう豆」
「それだけか」
「ああ」
「ふーむ」
暫し、沈黙が続いた。

「オレから話があるんだ、他言無用で」
「ホウ」
「実は、ウチの顧客の大スポンサーは、与党なんだが、
その支持率が下がっている。さらに増税の動きが、
財務省経由で突き上げられてる。
不祥事も官僚からのリークで、ボロボロ週刊誌から出ている」
「ああ」
「今度の選挙で、絶対勝てと言う指令が、うちに出ている」
「なるほど」
そう言うと、炭酸水をゴクリと飲んだ。
何か、騒々しくなってきたぞ、と胸騒ぎがする。
「だが、ウチの内部では、与党は腐り切っていると、
見切りつつある。長い間権力の座につくと
腐敗するのは、どの国でも同じだ。
しかし、大スポンサー、表面上は断れない。
それはわかるな」

「ああ、どうする?このままいくか?」
「世論調査とは別に、聞き取りやネット調査していると、
コロナの疲弊と、増税に対する怒りで、
民衆は違う方向を向くかもしれない」
「お得意のプロパガンダでできるんじゃないのか?」
「オレは増税には勝てない。流石に厳しい」
またボクは頭をボリボリボリボリ掻いた。
「あと、最近妙なアプリが出回っていてな」
「ふむ」
「表面上は、個人株式投資アプリなんだが、
裏側では、個人がネットワークを形成することが
できるシステムがある。掲示板みたいなものなのだが」

電話が鳴った。だが取らなかった。

「目的が凄い、オレらで世界をひっくり返そうぜと
言うものだ。みんなで組んで、ハピネスな世界にしようぜ
と言うものだ。当初は、2021年の春に普及が開始された
ものだが、それが、無視できない力を持ち始めている。
自国でも普及し始めている。そこの論調が、
変えようぜで動いているんだ」
「君らのsns班の対策はいつも完璧じゃないか、
どうした」
「サーバーがアメリカと中国にあって、手が出せない、
それに、アプリだから、堅牢でな」
「まあ、もっとも増税が痛い。これで万事休すかもしれない」
「そうか、そうだな」

突然地震が起きた。地面が波打つ。家具が倒れる。
警報が鳴った。東京直下型地震だった。

画面は漆黒の闇のように黒くなっていた。
これはまだ、小さい地震だった。
本地震はまだ後になる。
Ipadを開いて、YouTubeでニュースを見てから、
新聞サイトで、新聞を見ていた。

昔見た、映画のシーンに、山の上の
白亜の家に、憧れながら、怨念を
ぶつけ、その家庭の息子を誘拐し、
身代金を誘拐する映画があった。
その犯人の地域は、平屋の貧困層で
みんな貧しかった。

こんな風景は、映画の中だけじゃない。
ドイツで、フランスで、東京で、多くの先進国で、
まるで、ブラジルや、メキシコのように
貧困層の街、ゲットーと、高い塀で
覆われた高所得層の街にくっきり
別れるようになってきていた。

「あの時、警告したのに」

ボクは、吐き捨てるように、呟いた。
貧困層の街は、皆、職安に並び、
炭水化物を食べるものだから、
皆ブクブクに太っていた。
パトカーとロボット巡回車とドローンが空中を
とび、炊き出しに並ぶ人も多かった。
いつの頃からかー皆希望を失い、その
子供は犯罪を犯すか、上流の暮らしに行くのが
難しい状態だった。
ボクは、スタンガンを忍ばせて、
その街を抜けた。

「アプリの開発はどこまで進んでいる?」
「もうできる」
「どういうアプリなんだ?」
「表向きは、個人株式投資アプリだ、だが、
全員が打ち合わせや話し合いができる機能もある」
「そうか。ならできるな」
「ああ」
ドンとゴッジとボクは、3人で
動画で打ち合わせをしていた。

「そのぬいぐるみは?」
「うさぎのピンクのぬいぐるみだよ、かわいいだろ」
ボクは画面に見せた。
「お前らしくないな」と言ってゴッジは
受けていた。
そうかなー?、なあ、ロボコ?と言うと
ロボット犬が足元にやってきて拗ねた。
くううん。

ロスチャイルド達の一族は何を考えていたか

それは新種の感染力が高いコロナウイルス
に対応できる唯一のワクチンをとんでもない
高価にして、世界に販売しようと
目論んでいた。

『駆除』

彼らはそういうキーワードを使っていた。
膨らんだ貧困層が高くて使えない
ワクチンを出すことにより、
新型のコロナに殺させ、デリートさせる
計画を立てていたのだ。

彼らは、貧困層をクズとしか見ていなかった。
そのワクチンは低価格でも製造できるのだが、
この機会に、全世界の貧困層を『駆除』する
というアイデアを実行段階に移していた。

誰も知らない計画は水面下で進んでいた。

カラスの群れが、夕焼けの空を叫びながら
飛んでいく。
ボクは、窓からそれを眺めていた。

 誰だって、貧困の家庭に産まれたくない。
だが、神の配分で産まれるかもしれない。
その時、そのハングリーさで、崖を這い上がる
ことができるかで、上流家庭と並ぶことができる。

それは、『大学院に進むこと』だった。
それが残された、天から垂らされたロープだった。
多くの人間がそこにたどり着くことができず、
資金面、精神面で、挫折していった。
あとは、コネしかない。

ボクの子供の頃の友人に、小さい頃から、親の方針に
より、国の最高峰の大学を目指された、友人がいた。
彼は、ひたすら、勉強した。スパルタ式に、
予備校に通い、夜中まで、暗記して、
涙ぐましい努力を重ね、その国立の大学に入学した。

だがー彼はそのあと就職したのちに、
彼女ができて、結婚しようとした。
そして親に報告した。親は反対した。

それは彼女が富豪ではなかったという理由で。

彼は失意のまま、彼女と別れ、灰色の職場で
黙々と働いた。子会社に飛ばされ、
10年経った頃、彼は自殺した。

人生で、何が幸せで、何が不幸せなのか、
ボクにはわからない。だが言えることは、
幸福ではない選択をしてはいけないということだ。

幸福を目指し、相手を幸福にしていけば、大抵は間違いない
人生を送ることができる。

金銭の大きさは重要で、取扱いは慎重に
しなければならないが、パワハラやブラック企業
で働くことが、幸福とは思えない。

人生は自分で選択する余地が大きいが、
ボクは間違いながら、ここまでの結論に達した。

『感謝と幸福を自分と相手に与える』

この原則さえずれなければ、生き延びることは
できるだろう。成功や富豪がゴールでは無いのだ。

だが、コロナは容赦なく、民衆を殺害して
行った。新型ウイルスは、ワクチンを
乗り越え、さらに猛威を奮っていた。

『駆除』

という計画は収める気がなかった。背後に
人種差別が垣間見えた。
階級、差別、差別、格差、こういう物が
大きくなった時、その国家は衰退する。
荒廃する。

久しぶりにデートをしたくなり、
ボクは、ケイコを誘った。
『どっか行きたいとこある?コロナだらけだけど』
『カフェ、近所にあるあの』
いつも室内でテレワークをしている
ケイコは、出かけたいらしい。
『カフェか、わかった行こう』
ボクは、いつも見ているYouTubeキュレーションサイト
を見て、いいカフェを探した。代官山にあるらしい。
「ちょっと場違いだがいいだろう」
グーグルマップで空いてる時間帯と曜日を確認して、
準備はできた。黒のジャケットをクローゼット
から取り出し、赤のシャツに合わせた。
ネクタイは付けない。

塩味がする歯磨き粉で、多柄の歯みがきで
ゴシゴシ洗ったあと、お腹から息がミント味に
なるカプセルを飲み込んだ。
その後、くまなく電気剃刀で髭を剃り、
爪を切り、爪にヤスリをかけた。
眉毛を整え、リップクリームをつけ、
肌にクリームを塗った。オリーブオイルだ。
オリーブオイルは古来から塗られてきた。
油で光る顔を確認した後、ボクは鏡で服装を
チェックして、出かけた。

代官山へは、バスで行く。
そこには、おしゃれな店がいくつか、溢れている。
「よう、ケイコ」
「こんにちわ」

紫で上下を整え、ピンクをポイントに使っている。
かわいい。相変わらず。

「ケイコ、最近具合はどうだ?」
「健康よ。もうみんな凄い健康になっちゃったよ」
「そうだよな」
健康ブームが2021年に起こり、誰もが長寿で健康を
獲得した。サプリメント、ファスティング。

「じゃあ、カフェに行こうか。

世の中は、まるでマグマのように怒りが高まっていた。
度重なる、ロックダウンと所得の格差が、民衆を
呪縛のように締め付けていた。

ワクチンは、国民全員に打たれたが、その度に、
それを上回る、変種が現れ、感染が広がる。

ボクは、裏側を報道するサイトを、コツコツと
サイトを作りはじめていた。そのサイトは、
多言語対応にして、裏の人々の集結と居場所を
作ることをコンセプトにしていた。

例に、「阿修羅」というサイトがあった。
それよりも、柔らかい、それでいて、
言いやすいサイトを作りはじめていた。

メガネに、メールが飛び込んできた。
「どこまで、進んでいる?例のサイト」

僕はブツブツ喋って返信をする。
「まだ下地だ」

「そうか、楽しみだ」

ドンからのメールだった。
ボクは、今でも、忘れられない人がいた。

ボクは、ギシギシと、上腕筋を絞りながら、
ダンベルをあげていた。

ふぅ。

疲れて、ダンベルを降ろすと、立ち上がり、
ダイエットコーラを喉に流し込んだ。
本当は、イスラエル製の炭酸水を飲みたかったが。

壁に貼った鏡に、シャドウトレーニングをする。
左ストレートを放った後、右フックの強烈なのを
放つ。

もう夏だ。


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