創作短編 #2 枕抱え眠る

深夜3時。ベッドから落ちた。

あー、またやってしまった。

起きあがろうと手をついたが、ガクンとすり抜ける。あるはずの床がない。

予想外なことが起きると妙に落ち着くもので、似たような昔の記憶を辿ってみる。

幼い頃の私は寝相が悪く、寝ている間に床に落ちたりひっくり返ったりしていた。

小さな私からしたら大したことでは無かったのだが、母は心配だった様だ。
怪我のないようにベッドのあらゆる隙間に枕を敷きつめてくれていた。

今思うと過保護だったのかもしれない。

もうそれから20年ほど経つが、運良くなのか成長したからなのか、それ以来ベッドから落ちたことはなかった。

だからだ。

枕を他人に用意してもらう以外の、落ちた自分の受け止め方を知らなかった。

自分に枕を用意したこともないし、捨て身で自身を受け止めたこともない。

この部屋には、自分以外に私を受け止めるものは何もなかった。

こうなってしまったら仕方ないかと、力を抜いて落ち続けてみる。

さて、どこまでゆくのだろう。

寝起きの夢心地なままなので、夢の続きというようにぼんやりとしていて怖くはなかった。

真っ暗な空間をさらさらと移動し続ける。

しばらく経つと、辺りが急に赤く眩しくなった。
どうやらマントルまで到達したらしい。

万物溶けるほどの温度に不思議と体に痛みはない、ただなんとなく暑い。

暑いのは苦手だ。
夏は寝苦しくて何度も起きる。

ここはヤダ。すぐ去ろう。

嫌な事から離れるのは昔から誰よりも早い。

地球の核を手足で押し勢いをつけると、先ほどの何十倍もの速度が出て、あっという間に大気圏を抜けた。

見覚えのある白黒の骨組みが目に入った。

そんなにこの星から出たいのならもっと遠くに行けばいいのに。

宇宙ステーションに手を振り、膨らみつづける空間のなかを漂う。

静かで心地いい。というよりも、情報が多すぎて何も聴こえないのかもしれない。

未だ寂しさはないが、ここにいても多分すぐ飽きるだろう。

気配り屋の誰かが先を越して、そっと枕を置いてくれないだろうか。

1時間ほど浮かんでいると、黒い縁の様なものが見えてきた。トンとぶつかると同時に、ふわりと優しく止まった。

「宇宙の端」に止まった。

めでたく、広がり続く宇宙に追いついた初めての人類になった。

やはり端は落ち着く。
広い空間の中の特別になれた気がする。

漂い疲れて眠くなってきた。
思い返せば今夜はまだ数時間しか寝ていない。

休めるうちに休もう。

収まりの良い形でしばらく目を閉じていた。

が、無性に背中が痒い。
ぞわぞわと布が擦れる感覚がある。

目を開けると、宇宙空間が次第に中心へと収縮しはじめていた。

2度目のビックバンは近い!

せっかくここまで来たのだから、ちゃんと見届けたい。とてもロマンのある話だ。

大収縮に身をまかすのは、毛布に乗って引きずられている様でなんだか心地よく楽しい。

ここ最近で1番楽しいな等と思っていると、遠く向こうに私と同じように引きずられる地球が見えてきた。

ぼんやり丸い光が揺らいでいる。

ゆらぎ、動き、姿を変える地球を見ると、それが一つの生き物だと言われるのも納得できる。

これで星と同じ経験をしたって、生涯自慢できるぞ。

あのときの枕もあそこにはあるはずだし、今度落ちたときはきっと大丈夫!

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