創作短編 #3 大きな魚に乗ると鱗が痛い

水は苦手だ。
幼い頃は水に顔をつけることすら出来なかったし、今でも泳ごうとすると不恰好に沈んでいくだけで苦痛でしかない。

そんな僕は今、薄暗い地下水路を歩いている。

腰ほどまである水を、音を立てかき分けながら進んでいくが、服が水を吸って上手く歩けない。

よく整備された地下水路は人気がなく、自分の立てた水音で騒がしい。

右ポケットのスマホは電波すら繋がらないものの、そこにあるだけで安心感がある。防水だったはずだから、多分生きているだろう。

先は見えないが止まっていても仕方ない。
何より早く水から離れたい。

しばらく進み続けると、鳴らす音の響きが次第に変化した。

遠くに二股に分かれた水路が見える。それらの作る影を見て、眼鏡橋なんてものがあったな等と思いだす。

少しは出口に近づいた様だ。

さて、どちらに進むか。

ある程度進んで、間違えていたら引き返すという手もあるが、この薄暗さと残された体力を思うと、ここでの選択を外したくはない。

直感だと明るいのは左か。

と思ったが、人は心臓がある左側に行きたくなると聞いたのを思い出した。

とはいえ逆手に取れば、多くの人が左を選ぶ可能性が高いのだから、左の方が「仲間」を見つけられる可能性は高い。

左へ。

暗い水路をザクザクと進むと、先程より足を取られる感覚があった。疲れなのか水深が少し変わったからなのか、どちらもなのだろう。

少しずつぼんやりと光が近づいてきた。
よかった正解のようだ。

光の先からは生活の匂いがする。

入り口に辿りつき、服を絞りながら中を覗くと体育館ほどのサイズの煉瓦造りの部屋があった。

中にはたくさんの人がいて、あちらこちらで雑魚寝をしている。

人がいる安心感に体の力が抜けてほんの少し息がしやすくなった。

中に入ると、入り口近くにいたおばさまがタオルを貸してくれた。

「ここって何の場所なんですかね?」

「さあ私もさっぱり、でもここでみんなといれば安心でしょ。ゆっくり休みましょう。」

入り口の反対側はガラス張りになっていて、よく日差しが入ってくる。

近づいてガラスの向こうをよく見ると、建物を横切る形で線路があり、右側から蒸気機関車が近づいてくるのが見えた。

ここは駅としても機能しているらしい。
こう見ると某テーマパークの様な雰囲気もある。

機関車は機械的にこの部屋の前で止まった。
車内は老若男女でごったがえしている。

みんなこんな所にどこからやってきたのだろう。

「君は乗らないの?」と車内から顔を覗かせる男の子に声をかけられたが、なんだか怪しい。

そもそも蒸気機関車にしては車体が小さすぎるし、相手のニヤついた顔も薄気味悪く気に食わない。濡れた服のまま乗るのも周りに迷惑だし。

「僕はいいよ。」
「ふーん。そっかぁ。」

「また来るといいね!」と手を振りながら彼らは去っていった。

とりあえず、ここで暫く待つことにしよう。

部屋の中は既に4、5人のグループが幾つかできている状態なので、今来た自分には居場所がない。

仕方なく先程のおばさまから少し離れた壁際に座った。

ここにいる人たちも、自分の服が乾くのを、空いた汽車が来るのをずっと待っているのかな。

捨てた右側の先がどうなっているのか気になるが、疲れを味方に眠りについた。

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