「知らない」を知る喜び

皆さんこんにちは!そして初めまして。
Ariaで活動しています、のあといいます。
よろしくお願いします。

今回は、「『知らないこと』を知ること」についてお話させていただきます!
難しいことはお話できないので、安心して最後まで読んでくださるとうれしいです。


Ariaで活動させていただいたり、様々な方とお話させていただいたりしていると初めて聞く言葉や概念、考え方にたくさん出会います。
皆さんにも同じような経験があるかもしれません。


その時に皆さんはどう感じますか?
「知らない言葉出して…話についていけないじゃないか…」でしょうか?
「そんな言葉があるのか!知らなかった…!」でしょうか?
どういった気持ちであれ、物事に感情を抱けることは素敵なことだと思います。

自分は「これは知らなかったな。知らないことを知れた…すごくラッキーだなぁ」と思います。
この活動をしていなかったら、この方とお話していなかったら、一生出会えなかったかもしれないものに出会えるのですから、とても嬉しく、時たま感動にも似た気持ちにもなります。
皆さん、いつもありがとうございます(唐突な感謝の気持ち)。

「自分はこのことを知らなかった」ということに気付くだけで、物事を見る視界が広がると感じます。
例えば、何気なく見たニュースで偶然そのことがやっていたら自然と目が向いてしまうような。アーティストさんやほかの曲はそこまで詳しく知らないけれど、大ヒットした(星野源さんの「恋」のような)曲が周囲で流れていたら「おっ」と思うことと似ていると思います。

「知らなかったことに気付く」というのは「そのことを知る」ということと同じことかもしれません。
しかし、自分はこの2つは
【そのことを知る】
ただ知るだけ。興味のあるものはまた機会があったら調べたり考えたりする。興味の無いものはそのまま。
【知らないことに気付く】
興味関心の有無にかかわらず、とりあえず知りたいと思う。
このように意識の違いがあるのではないかなと考えています。

「知らない」に気付く→物事を見る視界が広くなる→自分が興味・関心のあるものが見つけやすくなる→興味・関心を抱く事柄について調べ、考えるようになる→行動してみる(SNSで発信してみる、自由研究でやってみる等)→その結果、新しくそのことを知る人がいる(この人も上記のような一連の流れをする)→周囲や社会が居心地の良いものになる

「最後は壮大すぎる」と思う方もいらっしゃると思います。
自身もこの「→」の前で止まってしまうこともありますし、うまくいかないこともありますが、上記のような良い流れができるのではないかと思っています。

社会全体を変えるのはとても難しく壮大ですし、無理矢理にするものでもないと思います。ですが、「自分の知っていることで周囲がちょっとだけよくなる」、とても素敵だと感じます。


当たり前なことかもしれませんが、「『知らないこと』を知る(気づく)こと」がとても重要で、ちょっとした変化を起こす「はじめの一歩」ではないか、そう思うのです。
だから「これは知らなかった!今知れてラッキー!」という自身の気持ちをこれからも大切にしていきたいと思います。

繰り返しになりますが、
皆さんは、「知らないこと」に出会ったらどう感じますか?
自分の考えを押し付けるつもりはありません。
この記事が、皆さんが気持ちを振り返るきっかけになりましたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

ライター:のあ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?