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映画『君たちはどう生きるか』|この世を生きる勇気を確かに受け取った!

こんにちは。
ありのままビジネスラボ、
まこっちゃん、こと、たいらまことです。

ご縁に感謝いたします。

※実は、誤って記事を削除してしまい、再投稿です。
※リアクションくれた方、ごめんなさい、そしてありがとう。
 
映画『君たちはどう生きるか』
ここのところ、気になっていた作品。
  
なんとなく、今このタイミングで、見ておきたい。
という直感を信じてみて、本当に良かった。
  
ジブリ作品を映画館で見たのは、
よくよく振り返ると、初めてかもしれない。
  
いろいろと謎、ながらも、
それも含めてとても惹かれる、
大好きな作品となりました。
  
多分、受け取ったものは本当に、
十人十色で、
人それぞれなのだと思うけれど、
  
僕は僕のためにも、そしてこの記事と出会ってくれたあなたのためにも、できる限りの言語化を試みてみる。
  
なお、ネタバレは極力避けて表現してみるが、
そんな僕の意図と反して、結果ネタバレになってしまうこともあるかもしれない。
  
ですので、ここから先を読むかどうかは、
あなたの判断で、ぜひお願いします。


まずは観る前から振り返る


実はこの作品に関して、少しだけ前情報があった。
 
パートナーの娘ちゃん(大学生)の、友達からの情報。
 
「難しくてよくわからなかった」
 
とのこと、
 
この時点で、
僕の中の期待は大である。
 
なぜなら、
本当に大切なことは、
非常にシンプルでありながらも、
それを伝え、受け取ることは、
簡単ではない。ということを、
  
今までの人生から、
いろいろと経験していたから。
  
深い学びや気づきはいつも、
「簡単ではない」
と感じることの、
奥の奥に、
存在していた。
  
命は、単純ではない。
  
生命は、
秩序とカオスの間で、
誕生する。
  
いろんなことを単純化して、
あるデータが導き出されたり、
正解や不正解が生まれるけれど、
  
私たち、命は、複雑なんだ。
  
ということを、
いつもいつも、
思い知らされる。
  
だからこそ、
この世はこれほどまでに、
美しく、時には醜く、
そして、尊いのだと思う。
  
そして、
だからこそ、
二項対立を超えて、
唯一の真実はないこの世界を、
日々遊びながら、
進んでいけるのだと思う。

観た後に何が起きた?


さて、そんな期待の斜め上を進行し続け、
エンドロールが流れ始めるその瞬間、
僕の身に何が起こったのか。
  
   
ありのまま、
今起こったことを話すぜ。
  
  
言葉では到底、
説明できそうにもない、
さまざまな感情や、
イメージが溢れた。
  
同時に、
涙も溢れて、
止まらなかった。
  
これを、感動、
と呼ぶのだろうか。
  
あえて言葉にすると、
   
この世に生まれた喜びや悦び、
家族愛、そしてなにより、勇気。
   
この世をますます、
自由に生きる勇気を、
確かに受け取った。
  
これほどまでに、
なんでもアリで、
自由で不確かな、
この世界を、
   
思うがままに、
自分で選んで、
進んでいける。
  
そんな感覚が、
僕の中の奥の奥の奥で、
大きな大きな光のような、
弾けそうなシャボン玉のような、
よくわからないナニカとして、
生まれ、受け取ったように思う。
  
目の前のできごとは、観自在、
如何様にも捉えることができて、
自分が観測するこの宇宙は、
どこまでも自由に、
創っていける。
  
そんな確信がますます深まる、
素敵な時間だったなぁ。
   
未回収の伏線が発生し続け、
最後に抽象度をあげてあげて、
一気に回収した。
   
かのような感覚があるけれど、
その確かさが、頼りないという、
そんな感じ。笑

おまけの共有


ちなみにこの、
わけもわからないけど、
涙が溢れる感覚は、
  
数年前に味わったことがある。
  
『ジョジョ』という作品を
まだよく知らない、
アニメで5部だけ見て、
にわかファンになって、
東京スカイツリーの『ジョジョ展』に
家族で足を運んだ時のこと。
   
壮大なシリーズの物語、
そのスタートから今までを振り返る、
壁にズラリと並ぶその展示を見ながら、
   
なぜか、
ただただ涙が溢れて、
止まらなかった。
  
頭では捉えられない、
心の奥で受け取った感動や感謝を、
どこまでも表現するかのように
止まらない涙と共にあるその時間は、
  
深い心地よさを纏っていた。
  
その時、
これほどまでに、
人々の心を動かす作品は、
   
このような現象を生み出すのだなぁ。
   
と、しみじみ感じたことを、
よく覚えている。
    
   
今回の作品は、
   
そんな、ナニカが、
あったように思う。
   
(もちろん、主観ですが)
  
さてさて、
話を戻して、
   
僕なりに、この作品から
受け取ったメッセージを、
解説していきます。

この世を生きるか、そうでないかの選択


あらゆる学びに、
様々に広がる世界に、
  
神秘的なこと、不思議なこと、
なんとも表現できない、
ものすごく心惹かれてやまないことは特に、
   
どこまでもその世界に浸りたくなる。
  
そんな、魔力のような魅力があるように思う。
  
だけど、
だからこそ、
適切な距離感が大切。
   
肉体を持って、
この世を生きている限りは、
  
あくまでも、
この世に活かすために、
あの世の叡智を受け取る。
  
・のめり込みすぎない
・ハマってしまうことを避ける
・それが全てだと思わない
  
つまり、全ての体験は、
現実世界に活かすためにある。
   
これを、肝に銘じることは、
「見えない世界」を探求する中で、
最も大切なことのひとつである。
と、思う。
   
作中の主人公の選択。
調和する世界の作り手になるか、
元の世界に戻って生きるか。
   
今を生きる僕たちは、
毎日毎日、これを問われているように思う。
  
心の底では、実はわかっている、
本当の自分の道。
  
なかなかそれに、
全集中できないが、
だからこそ、それを試みて、
生きていこう。
   
と、背中を押されたような気がする。
   
同時に、作り手として、
選ばれる存在であるのか?
  
作り手としての意図を持って生きるのか?
  
元の世界に戻りながらも、
それを知った僕たちは、
同時に、作り手としての生き方と自由を、
与えられていると思う。

無数に派生し存在しているこの世界


僕たちは日々の中で、
どの扉を開けて、
どの世界を生きるのかを、
選ばされているのかもしれない。
  
言い方を変えれば、
世界は一つではない。
  
共有しているように見えるこの世界は、
実は、それぞれに存在していて、
重なっている部分もあれば、
そうでない部分もある。
  
まるで世界の中に、
自分がいるかのように感じるけれど、
  
世界と、自分は、ひとつ。
  
なのかもしれない。

この世のルールが通用しない世界の旅


夜寝ている時の夢について、
対話してみると、
  
多くの大人たちは、
「子どもの頃は夢で遊べた」
という。
  
例えば、
自由に空を飛んだり、
いろんな概念が異なっている
世界に存在していたり、
起きた後に、もう一度眠り、
その世界の物語の続きを見たり。
 
こんなことが、
「子どもの時はできた」
という。
 
僕は、
毎日眠りながら、
いろんな世界の旅をする。
 
夢について学び、
これからの時代の可能性を感じ、
研究を進めていく中で、

夢の世界の学びを、
現実に持ち帰り、
そして、社会のために活かす。
 
という試みを続けてきた。
 
そういう意味では、
この作品のような、
「不思議な世界の旅」
に出るためのチケットを、
 
どんな状況の、誰であっても、
持っているのかもしれないなぁ。
と思ったりする。

それは例えば、

・すごく悩んでいる
・お金がない
・忙しい、時間がない
・チャンスがない
・生きづらい

などなど、
この世的にはどちらかというと
ネガティブな体験を
している人にとっても、
「夜眠る」
という必然性を、
与えられている。

ということ。
 
現実的なあらゆるネガティブは、
夜眠っている間に起きたこと、
それをきっかけに、
大きく変化していく、
可能性が、常にある。

ということ。

この、
この世のシステムに、
心からの感謝と、
不思議で果てしない愛を、
感じずにはいられない。
 
夢の世界の、
時間も空間も超えて、
時には、あらゆるこの世のルールが通用しない、
言葉では表現できそうにない様々な体験を通して、
学び、変換し、持ち帰る。
  
という体験と、
この作品に入り込んでいる時間は、
  
繋がっているように思えた。
   
友人と夢の話をしていると、
「いつも夢ぜんぜん覚えてないんだよねー」
みたいに言っていた人が、
  
翌日、不思議な夢を見たとか、
こんな解釈をしたとか、
教えてくれることがある。
  
エネルギーは、
意図に従う。
   
寝ている時に見る夢や、
映画やアニメ、ドラマや漫画、
小説や、動画、ブログなどなど、
  
あらゆる情報、その中の物語を、
「どんな意図を持って受け取ろうとするのか」
は、自由なんだと思う。
  
その中でも、
いつでも誰でも、
無料で、時間もかからず、
受け取ることができる物語である夢の、
謎を、紐解いていきたい。
  
と、あらためて思ったのでした。
   
漫画、映画、そして夢。
   
これらの世界に入り込み、
擬似体験からさまざまに受け取り、
それをこの世に繋げることを
自分なりにやってきて、
   
今の人生が、ある。
   
僕にとっての
  
「どう生きるか」
  
の答えが、ある。
  
と、思った。
   
もちろん、現実世界の体験、
運と縁、おかげさま、
あってのことだけどね。

つまり、何が言いたいの?


とまあ、ここまで自由に書いてみたけど、
ちょっと意味不明だったかもしれません。
そこは、ごめんなさい。
   
たまには、こういうのも
いいかなと思ってます。
  
とはいえ、
誠ワールドが広がり続けても仕方がないので、
今回はここまでにしておこうかな。
  
この作品は、
本当に、いろんな解釈や受け取り方が、
できると思う。
   
コメントや対話、歓迎します。
  
それぞれの今から、
協力して、受け取れるだけ受け取って、
自分の"ありのまま"の人生に、
この世界に、還元していこう。
  
  
この作品を、
一言であわらすならば、
どうなるだろう?
  
ふと考えてみて、
もう答えが出ていたことに気付く。
   
「君たちはどういきるか」
   
ああ、
いいタイトルだなぁ。
  
さてさて、
僕は、どう生きていこうか。
   
あなたは、どう生きる?

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