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【日本の農村で有機農業をはじめて】アジア学院2009年度卒業生・小山萌愛さん

 わたしの地域と農業

現在、私は三重県伊賀市の中山間地域である種生(たなお)というところで、夫と共に農業を基盤に暮らしている。戸数は80軒、人口は200人未満、65歳以上が半数以上の地域であり、人口減少に伴い、日本の他の農村にも見られるような色んな課題があるが、地域の人や自然に支えられながら、楽しく暮らしている。私も夫も大阪のベットタウンで生まれ育った。

私はアジア学院で有機農業とリーダーシップの経験を得て、夫は全国の様々な農家を回り、“日本一厳しい有機農家”で知られる帰農志塾にて研修をし、それぞれこの三重の地に流れ着いた。今年で新規就農して5年目になる。私たちは空いている土地を借り、田んぼ1haのうち、20aを無農薬栽培、80aを減農薬栽培し、畑は約30aで季節の野菜を年間約50品目、露地で無農薬・無化学肥料栽培して育てている。自家採種もおこなっているが、夏野菜がほとんどなので、今後は葉ものの種とりも少しずつしていきたい。機械や設備は、トラクター、軽トラ、草刈り機、育苗用ハウスを1棟所有している。田植え機、コンバイン、乾燥機、もみすり機、コメの保管庫、倉庫などは、すべて地主さんから借りて使っている。賃借料はお米で支払っているが、その地主さんは田植え、畔の草刈り、稲刈りには、必ずご夫婦で出てきて、私たちと一緒に働いてくれるので、機械だけでなく、精神的なサポートも頂いている。販売は、旬の野菜セットが主で、消費者の3分の1は近隣の方で、直接配達をしており、3分の2は三重県内や大阪、神戸、奈良、東京などの街暮らしのご家庭が多く、郵送している。

季節の野菜を詰め合わせた "おまかせセット"

その他には、毎週、週に一度マルシェへの出店や自然食品店への出荷をしている。農園の宣伝は特にしておらず、最初は家族や知人、友人から始まり、口コミやマルシェの出店を通して広がり、少しずつ私たちの野菜を食べてくれる方が増えている。昨年からは地域の小学校給食のための出荷も始まり、地産地消へも働きかけをしている。今後は小学生が農作業体験や農家との交流ができるような機会をつくろうと試みているところだ。また、中学生の農業体験や、近くにある愛農学園農業高等学校の実習を行ったり、愛農会を通して台湾留学生などの受け入れをしている。地域活性化の取り組みとしては、地域の人たちと一緒に、街に暮らす親子が参加できる農作業イベントを企画・運営している。

様々な方との交流や受け入れをしていて、いつもアジア学院で当たり前に行っていたことが、とても活かされていると日々実感している。アジア学院では、ワークキャンパーやビジターを受け入れるための企画から準備、そして受け入れ後の振り返りまではもちろん、新しく来た人に説明するときはわかりやすく話すこと、天気から休憩のタイミング、全体の雰囲気を見るなど…。今思うと、そこから色んな経験を得ていたことを知る。これが私にとってアジア学院での大きな学びだったのかもしれない。

子どもたちとサツマイモの植え付け

日本の農村には、地域全体でその地域を守っていくという習慣がある。街暮らしが長かった私は、根を下ろすと決めたこの地域で、共同作業や与えられた役割などから、その大変さと素晴らしさを思い知らされているところだ。毎月行われる会議や当番制の神社やお寺の掃除管理、祭りやイベントのための準備や片付け、草刈りなどの共同作業があり、実際なぜこんなにあるのだろうと疑問に思うこともある。しかし、そのほとんどは、地域内でのコミュニケーションの大切な一つであることも実感する。久しぶりに会う人と話ができたり、共同作業では、会議だけではわからない、その個々のキャラクターを知ったり、共働ならではの喜びや分かち合いがある。よく働く人もいれば、よく喋って場を盛り上げる人もいる。田畑で皆とわいわいと手足を動かし、共に働くことで、ゆるやかな雰囲気が生まれる。私はそんなとき、ここが自分の居場所だと、心地よさを感じる。

種生の地域の共同農園にて、地域の方々と共に農作業。苗はぐるり農園で育ったもの。

また、私は日々の活動を目に見えない何かのために行っている感覚がある。それはきっと、それぞれに信じている神さまだったり、ご先祖さまやこれからの子孫のためなのかもしれない。皆それぞれに仕事がありながら、無償で地域のために働くことが日常である。共同作業や地域内での掃除などをすることで何か目に見える報酬があるわけではない。けれどここで暮らす人たちは、面倒と思うことでも、一緒にわいわい言いながら働く。誰が偉いわけでもなく、ぶつかることもあっても、共に働き、生きることが当たり前にある。ここにはそれぞれ色んな事に長けているたくさんのリーダーが共存し、共働している。ある日ふと、そんな共同作業の風景を目に、私はこれが一番平和に近い気がすると感じた。私はサーバントリーダーシップという概念を、在学中にはっきりと自分の中に落とし込めていなかったが、この地域で農業をし、役割を与えられ暮らす中で、その実践的な経験を今ここでしている。60歳以上の先輩たちに囲まれ、鍛えられながら、これからも楽しく暮らせる農村であれるために努めたいと思う。

何のために農業をしているのか

私は何のために農業をしているのか、なぜここで暮らしているのかと考えると、農園にきてくれた子どもたちや若者たちの姿が思い浮かばれる。

一年前、私たちの農園に実習に来てくれたある高校生が卒業後、牧場に就職した。彼女は実家が非農家であるが、動物が好きで、将来は農業をしたいということで、農業高校を選んだ。当時、私たちの農園を紹介した時に一番に来たいと言ってくれた子であり、実際にこちらに来てから色んな仕事をし、こんな風に小さく楽しくできる農業があることを実感して、そこから自分の夢を膨らませていった一人だった。多くの同級生が進学や専攻科という1年間の農業実習を選ぶなか、就職を選び、親元から遠く離れて暮らすことは、彼女にとってはきっと大きな覚悟と決断だったと察する。元気にしているかなと思い、一年ぶりに彼女が働く牧場へ会いに行った。

一緒に食事をしながら、就職後は大変なこともあったが今は落ち着いて仕事ができるようになったこと、私が来てくれて嬉しいと話してくれた。夢は何かある?と尋ねると、はっきりと、「家族と一緒に田舎に行き、馬と暮らしたいです」と。私は、今も変わらない優しい笑顔と彼女のその真っ直ぐさが健在していることに感動し、「大丈夫。きっと実現するわ」と嬉しくなって答えた。まだまだ大規模農業が推進される現代ではあるけれど、小農や家族農業にも光が当たってきているのも事実である。私は彼女のような実直な農業者、もしくは若者が色んな人に支えられながら生きていける世の中であってほしいと心から願っている。また、こんな風に農業をしていなければ、このような出会いはなかったと思う。若者に出会い、励まされ、エネルギーを分けてもらえることは、農業の醍醐味であり、神さまからの贈り物だと感じられる。

ここでぐるり農園の名前の由来について触れておきたい。“ぐるり”には、二つの意味がある。一つは円を描いて循環する様子を表す言葉で、自然や物事、お金や人の交流、気持ち、働きなどが循環するようにという意味を込めている。もう一つは、自分の身回りのことを指す。遠くのことも近くのことも自分の身の回りのこととして捉え、感じて、行動する。そんな農業や暮らしを実践するために、ぐるり農園と名付けた。夫とも農業の原点に立ち返るとき、私たち自身が農業とそれにつながる暮らしを実践していると平和でしあわせな気持ちになる、という感覚にいつも行き着く。だから私たちは農業をしているのだと思う。

そして先に話したように、子どもたちや色んな若者を受け入れ、その子たちがさらにきらきらした目になって旅立っていく姿を見ると、私たちも嬉しくなって励まされ、またそのエネルギーが田畑や日々の暮らしに活かされる。私はそんな小さな循環が好きだ。神さまのつくられた土や種を通して、食べものをつくり、届けるだけでなく、そこから生まれる出会いや交流、そこに関わる人のために農業が存在するのだということも忘れずにいたいと思う。

ぐるり農園の稲刈り

(2020年3月 文・小山萌愛)

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