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Poem)どんぐりの林の奥に…

悲しみの泉を覗きに行ってはいけないと、代々母たちは子供に言い伝えてきた村がある。
今はこの村は町になり、市になったが、街外れには、そこだけ別の時間が流れているような、こんもりとした林が残っている。

子供たちはどんぐり拾いに、樫の木ブナの木が集まるその丘へ出かけていく。
遠い昔の寝物語のように、忘れてしまったわらべ歌のように、時々思い出すこと。
そうそう、あの林の奥の方にある池には行っては駄目よ。今朝は、約束事を子供の耳に残す。

どんぐりが豊穣の年。こんな年は、悲しみの泉に立ち寄る人がいる。ついつい遠くまで歩いていく子供たち。
風が吹いている。リスがどんぐりの口笛を吹くような風の音がつづいている。

私も子供だった時に、時々聞いていた音が蘇る。どんぐりの林の中はとても不思議な音がして、甘い匂いがして、目をつぶる。でもそこまで。
こんこんと湧く泉を探そう。音を飲み込んでいくかのような、静まりかえった悲しみの池には立ち寄らないと母たちの約束を守る。

清らかな水音のする方へ歩く。こんこんと湧く泉の水を汲む。後から後から湧き出てくる泉。
手が水の輪を幾重にも潜ぐりながら、水に触わる。風音が作る水の輪を拾い上げては拾い上げ。さわさわコトンと落ちてくるどんぐりを集めて。

夕焼けに林が染まる時間になったら、ずっしりとしたどんぐり袋を肩にかけて、帰る。

#詩 #現代詩

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