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山形にて

私は大学から居合道という武道を始めました。大学生時代は居合道に9割ささげたと言っても過言ではありません。院生の現在は、学部生時代ほど居合道に時間を割けてはいませんが、今もとても大切な私の一部です。趣味、というのとはまたちがうなぁ、と個人的には思っていて、「人生において向き合わないといけないこと」だと思っています。

さて、先月居合道の大会に出場しました。コロナでここ数年まともに大会が開催されておらず、非常に久しぶりの大会。

その時思ったことでも、今日は書こうかと思います。

たぶんそもそも居合道ってなに!?って方がほとんどだと思うので、とても簡単に説明すると、日本刀を使う型を通していろいろ稽古する武道です。口で説明するよりは、こちらのサイトとYouTubeの動画を見るのが一番かと思うので、詳細は割愛します。一点だけ補足すると、私のやっている居合道では、藁切りは通常しません。稽古の一手法として取り入れている方はいらっしゃいます。

私は中高を通して剣道を6年間やっていたのですが、その当時から居合道に興味があり、大学に入ったらたまたま居合道部があったので、そのままそこに入部しました。入部当初はこんなにどっぷり浸かることになるとは思っていませんでしたが(笑)

さて、今回痛感したことは以下の通りです。

1 試合に勝って自分に負けて

先日の試合では,初戦が不戦勝で次の2回の試合は勝ちました。が、準決勝で負けてしまいました。トーナメントの当たりとしては運が良かった方で、準決勝は、私と同じく大学生から居合道を始めた関東の方でした。ここでこそ勝ちたかったのですが、結果は2-1で私の負けです(【補足】審判が3人いて,選手が二人並んで技を抜きます。審判は自分が良いと思った方に旗をあげます)。2-1といえばギリギリ負けたかのような聞こえもありますが、されど2-1。何よりも,自分ができるようになりたいと思っていたことをうまく試合の場に出せませんでした。勝ち方にも良い悪いがあって,私の納得できる勝ち方はできなかったし、結局勝ちたい相手には勝てませんでした。

2 土壇場でできることは少ない

定期的に武道に関する書籍に触れるようにしているのですが,一番直近で読んだ本には以下のように書かれていました。

「勝ち負けがはっきりする稽古を、勝ち負けにとらわれずにやる」  
これは私自身がやってきて、相当有効だった稽古法の一つです。  これまで述べてきたように、「試合のある武術」は「結果」ばかりを求めてしまい、動きの「本質」まではなかなか踏み込めません。つまり、どうしても「勝ち負け」に囚われてしまいます。
上達論

居合道は,いわば型を通して身体と刀の扱い方を学ぶ武道だと思っています。今の私の課題は下半身と上半身の連動です。それぞれに余計な力みが入って、力がうまく刀に伝わりません。結果,頑張って刀を振っても、ものすごく弱々しく見えます。

自分なりの解決策や稽古していたことはあって、それなりに改善しつつもあるのですが、試合というものすごくプレッシャーがかかる場では6割くらいしかそれらを出せませんでした。定着させる度合いがまだまだ足りなかったです。

身体を扱う際には、技術のアップデートが必要な側面とそれらをきっちり定着させることが必要な側面の両面があります。OSみたいに、ソフトウェアのアップデートをすればそのまま定着もしてくれたらいいのですが、なかなか身体はいうことを聞いてくれません。

試合は相対評価なので、自分がやりたいことが実現できていなくても勝てたりするし,負けたりもします。自分の何が評価されていて勝って,何が評価されなくて負けたのかを見極めることが必要です。


私の課題を試合で通用するレベルで克服し切るにはどうしたらいいかなぁー,と最近は稽古方法を工夫しています。連続した動きの中でも今やろうとしていることを再現率を上げるため、通常の業よりもわざと手数を多くしてみています。筋トレで例えると,1ラウンドのセット数を増やして負荷を上げる,みたいな感じです。

3 マイナー流派の宿命

居合道には全員が同じ技を稽古するわけではありません。所属団体にもよるのですが,私の所属する全日本剣道連盟では、全員共通の技が十二本,そして各自が所属する流派の技があります。前者が共通テスト,後者が二次試験みたいなイメージです。オーソドックスな試合形式だと、最初の二本を各自が自分の流派の技から自由に選んで抜き,残り三本は共通の技から指定された技を抜きます。合わせて五本を選手二人が並んで抜いて,審判3人が良いと思った方に旗を上げ、旗本数が多い方が勝ち,ということです。

私がやっている流派は、割とマイナーな流派で、審判の先生方でも同じ流派の方は滅多にいらっしゃいません。今大会はゼロ人でした。

なので私が自分の流派の技を抜いても、審判の先生も正直困ってしまう部分があります。そもそも他流派の技なので知らないのが当然で,どこを見たらいいか戸惑ってしまうのです。多分今回もそうだったのだろうと思います。

そういう中でも良い評価をもらうためには、圧倒的に良い動きをできることが必要だな,と思いました。物珍しさで勝ってもしょうがないし、分からないから旗を上げない、も悔しいです。でも、刀の扱い方に各流派それぞれの考え方はあれど、人間の身体の扱い方なのですから良いものは良い,というのも確か。マイナー流派だから勝った/負けたというものではないと思います。ただ、動きを知らずに戸惑われることがあるのは確かなので,それを吹き飛ばすくらい上手である必要があるのです。

4 終わりに

実は、この記事を投稿するか、まぁまぁ悩んで結局1ヶ月放置していました。でも、折角書いたので投稿しようと思います。こういう稽古記録みたいなものも今後は投稿していこうかなぁ、と考えてみたり。

今まで稽古記録は取ったり取らなかったりを繰り返してきたのですが、今回は初めてここまで具体的に文字に起こしました。自分としては結構刺激的な体験で、ここまで整理するからこそ自分の中で見えてくるものがあったので定期的にやっていきたいと思います。

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