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#14【1日1冊紹介】土地の来歴から浮かび上がる因果に戦慄、国産ホラーの最高峰。 -第12日目-

『残穢』
著:小野不由美(新潮社文庫)

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《座長の1ヶ月チャレンジ 暫定ルール》
・6月の1ヶ月間、1日1冊の本を紹介する記事を毎日投稿する。
・翌日、Twitterにて通知する(深夜の投稿になると予想されるため)。
・ジャンル、新旧、著者、長短編など、できるだけ偏らないようにする。
・シリーズものは「1冊」として扱う(or 1タイトルのみチョイス)。
・数十巻単位の長期連載コミック作品は原則、対象外とする。
(※現在入手困難なタイトルを紹介させていただく場合もあります)


* * *

 作家である「私」はライトノベルや少女小説、ティーンズ向けのホラーシリーズを書くことを主な生業としている。そのホラーシリーズのあとがきでは、身の回りの怖い話を読者から募る呼びかけをしていた。そして、読んだ人たちから送られてきた体験談をもとにして、実話怪談の連載も持つことになった「私」のもとにある日、奇妙な体験について書かれた一通の手紙が届く。
 都内のマンションに住み、編集プロダクションに務めるライター業の30代女性(仮名:久保さん)が投稿してくれたもので、どうも「自分が住む部屋に何かがいるような気がする」のだという。リビングの仕事机でPCに向かっていると時折、背後の寝室から畳をこするような音が聞こえ、しかし振り向いて寝室の中を確かめると、その音は止まる……はじめは箒が往復するようなイメージを抱いていた久保さんだったが、ある日繰り返される音をしばらく聞いた後で不意に振り返ってみると、白地に金か銀の細かい模様が入った平たい布が這うのが一瞬見えた。これは箒ではなく、何かからぶら下がった着物の帯のようなものが、揺れながら床を撫でている音なのではないか……?
 久保さんとの手紙やメールのやり取りで、ここまでの経緯を聞いた「私」は、ある既視感に囚われた。そして読者からの手紙類を整理していた際、「私」はふと、その久保さんと同じ番地とマンション名が送り先になっているまったく別人からの投稿があることに思い当たる。部屋は久保さんとは別の階で、特に真上や真下というわけでもないのだが、その内容は半年ほど前に越してきたそのマンションで生活するようになってから、娘の様子がときどき妙で、部屋の中でなにもない宙をじっと見つめていることがあり、どうしたのかと聞けば、娘は「ぶらんこ」と口にするのだ――という一児の母親により記された、どこか類似するところのある体験談だった。

 というわけで、小野不由美『残穢(ざんえ)』はこのような導入から始まり、本来何の変哲もなく、曰く因縁もないはずのマンションで、しかし同時多発的に起きている怪現象を調べていくうちに、やがてその原因を追って、周辺の土地の来歴をも深く掘り下げ、遡り、そこに流れる因縁と「穢れ」の連鎖を辿っていく長い探索の顛末が描かれていきます。
 小野不由美という作家の長きにわたるファン、あるいは著作や活動に明るい方々であれば、この端緒となるくだりで述べられる内容が、あの〈悪霊〉シリーズ(現在の『ゴースト・ハント』シリーズ)のあとがきで恐怖体験談を募集していたことや、そしてその投稿をもとに怪談専門誌「幽」で連載、のち書籍化された『鬼談百景』と関わりがあること――すなわち「私」とは著者=小野不由美自身であると示唆されているのに、早々に気づくことでしょう。そう、これは「ドキュメンタリー」の体裁を採った現代ホラー長編なのです。

 さて、ホラー好きにはやや野暮な、そして怖いものが苦手な方には安心していただける材料として先に述べておくと、ドキュメンタリーの「体裁」と書いた通り、この作品で語られる事件や「私」たちに降りかかる怪異は、著者が2005年頃から(本書の初版は2012年なので7年近く!)「先例のない長い怪談」を書きたいと温めていたアイディアをベースに、膨大な資料から細部を構築しつつ、実名の作家を登場させたり、『鬼談百景』に登場するエピソードをもリンクさせるという虚実ないまぜの構成により、独特のリアリティと手触りを与えられた、あくまでもフィクションだということです。
 しかし――さらにひっくり返すようで申し訳ないですが、それでもどこまでが実際に起きた出来事をもとにしていて、どこからが作り話なのかの境目を、著者が明言しているわけではないのもまた事実。何より本書を読み進む中で覚える、「わっ!」と驚かすような類の表面的な驚きや恐怖とは異質な、その土地に埋もれる遺恨や悪意が少しずつ浮かび上がり、因果が見えてくるにつれて静かな戦慄が纏わりついてくるような感覚と、何より読後、本を閉じてもなお日常にまで穢れが滲みだしてくるような震度と余韻の深さは、まさに唯一無二です。

 ちなみに本作は山本周五郎賞受賞作でもあるのですが、選考委員がこぞって「この本を家に置いておきたくない……」と述べたというエピソードも納得の、間違いなく国産ホラーの最高到達点のひとつといって過言ではない一作。くれぐれも、覚悟してお読みくださいますよう。

(追記)
 余談ですが、こちらは2016年に『残穢 -住んではいけない部屋-』というタイトルで映画化もされています。実は『リング』でスクリーンデビューを飾った故・竹内結子(心から残念です……『クリーピー』も素晴らしかった……)が見せるホラークイーンたる佇まいと、心霊ドキュメンタリーの元祖『ほんとにあった! 呪いのビデオ』シリーズで初期作の監督を務め、あの「お分かりいただけただろうか……?」の名ナレーションのボイスとしてもあまりに有名な中村義洋監督による、ドキュメンタリータッチを盛り込んだ不安を煽る恐怖表現との相性が抜群の、和製ホラーの秀作となっています。ぜひあわせてご覧ください!

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※ブクログにも短評を投稿しています。



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