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#10【1日1冊紹介】この世ならざるものを相手に、炸裂するロジックに拍手! -第8日目-

『虚構推理』
著:城平京(講談社タイガ)

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《座長の1ヶ月チャレンジ 暫定ルール》
・6月の1ヶ月間、1日1冊の本を紹介する記事を毎日投稿する。
・翌日、Twitterにて通知する(深夜の投稿になると予想されるため)。
・ジャンル、新旧、著者、長短編など、できるだけ偏らないようにする。
・シリーズものは「1冊」として扱う(or 1タイトルのみチョイス)。
・数十巻単位の長期連載コミック作品は原則、対象外とする。
(※現在入手困難なタイトルを紹介させていただく場合もあります)


* * *

 Web小説投稿サイト「カクヨム」で公開されている、『つぶやきが呼んだもの』という話をご存じだろうか。
 知らない方で、怖い話が苦手でなければすぐ読めるので一読いただければと思うが、ここで語られているのはTwitterを使い、実際はそこにいもしないこの世ならざるものを、存在するかのように言葉にして発信し続けるとどうなるかという、ちょっとばかり後ろ暗い実験の顛末。
 実際にそういう現象が起こり得るかの真偽はともかくとして、「初めは全くの作り話だった怪異が、幾度も語られ噂となり、信じられていくことで実体を持ってしまう」というのは、怪談におけるひとつの定番ではあり、個人的に好きな話の類型でもあります。

 そんなモチーフを、ただのオカルトではなくロジカルな「特殊設定ミステリ」に組み込んで昇華させてしまった驚異の一作が、城平京(しろだいら・きょう)による長編『虚構推理』です。
 右目が義眼、左足に義足をつけて11歳の頃から病院に通っている岩永琴子。17歳になった5月のある日、2年前に一目惚れして以来想ってきた、同じ病院に入院する従姉の見舞いに通う大学生・桜川九郎についに声をかける。見かけるたびにいつも隣に付き添っていた年上の彼女、「サキさん」と別れたらしいという噂を看護師から聞いたからだ。琴子からの直接的なアプローチを笑いながらやんわりと受け流し、なぜ別れることになったのかと尋ねる琴子に、「川沿いの夜道を歩いていた時に恐ろしげなカッパが現れ、怯えて震える彼女を置いて逃げたから」と話した後、嘘だと笑って立ち去ろうとする九郎。しかし琴子は、その話を本当だと確信していた。彼女は幼い頃、ひょんなことで“知恵の神”となることを引き受け、この世ならざるもの――妖怪や物の怪と呼ばれるものたちから問題や揉め事の仲裁を頼まれる、神と人との中間にいる存在となっていたからだ。そして琴子は「逃げたのはあなたではなく、カッパの方ですね」と続ける――九郎が生まれた桜川家もまた、妖怪に関わる肌の粟立つような実験を続けてきた、業の深い家だった。
 そして2年後、九郎と別れてから警察官となった弓原紗季が住む真倉坂市では、誹謗中傷から逃れるように真倉坂へやって来た末に、建設現場で鉄骨の下敷きになるという凄惨な死を遂げたアイドル・七瀬かりんの亡霊だと噂される、2メートル近い鉄骨を持ってドレスとリボンをまとった顔のない女の都市伝説――「鋼人七瀬」の目撃情報が広がりつつあった。

 今でこそ伝奇ミステリのシリーズとして認知されている『虚構推理』ですが、もともとは2011年に講談社ノベルスから『虚構推理 鋼人七瀬』のタイトルで刊行されたもので、後にこれを原作とした片瀬茶柴によるコミカライズがスタート。いったん完結するも、そこから続編となる小説が書き下ろされ、それをまたコミカライズするというスタイルでシリーズ化されていったという経緯。2020年にはアニメ化もされ、書き継がれた小説はライト文芸レーベルの講談社タイガから、現在も刊行が続いています(僕自身も最初はコミックから入った勢)。


 軽妙な掛け合いとキャラクター(ぜひチャーミングな片瀬絵で脳内置換を!)の魅力はもちろんのこと、妖怪や物の怪、亡霊といった理外の存在を前提とした、ややフィクションラインの高い特殊設定が単なるけれん味ではなく、事件の背後で糸を引く人物の存在と、その動機にも深く関係していることが垣間見えてくる構成が見事です。
 そして何より、人びとが願う現実や信じる妄想が生み出した強力な存在への対抗手段として、第六章「虚構争奪」で炸裂する、ネット空間の姿なき大衆を巻き込んで畳み掛けられる“合理的な虚構”の構築と対決こそが、本作の白眉。

 ――「だから誰かがその現実を守らなければなりません」

 虚構が肥大して侵食される現実と、現実を守るための虚構……そのアイロニーに深く考えさせられつつも、周到なロジックと決着に思わず拍手喝采したくなる一冊です。


※ブクログにも短評を投稿しています。



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