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建築との遭遇001【アクロポリス】 二千年のタイムトラベル

「あ、あれは、まさか!」
夕日に輝く白亜の神殿は美しく鼓動が高まった経験があります。

アテネの旧市街はゴミが散乱し、お世辞にも綺麗とはいえない町並みでした。そんな下町を迷路のように散策しながら、ふと建物と建物の間の隙間に目が留まったのです。その視線の先にはアクロポリスの丘に建つ真っ白なパルテノン神殿が輝いていました。その光景が今でも忘れられず、2000年の時空を一気に飛び越えた瞬間でした。

市内の隙間からみえたアクロポリスの丘

大学院の間にバルセロナ建築大学に一年間留学していた時は円安で、学生が旅行するには大変な時代。しかし、それでもギリシアのアテネにはどうしても行きたかったのです。近代建築を切り拓いたル・コルビュジエや、人類最大の知性をもつといわれたゲーテが情景の念をもって対峙した古代ギリシアの神殿を、自分もこの目でみてから日本に帰国しようと決意してのことでした。

プラガを見下ろすアクロポリスの丘。
見えるのは神殿のエレクティオン(BC480年)
手前はアルケゲテス門(BC11年)

アクロポリスの丘の麗には、プラカとよばれる旧市街が広がっています。その路地は、丘を囲んで形成された都市で、かつての中心的広場であったアゴラがあります。現在はレストランやお土産屋が立ち並んでいますが、パルテノン神殿は2000年かわることなく、アテネのまちを見守っており、まさにアテナイの時代から現代までの都市を俯瞰するタイムトラベラーだといえます。

その翌日、アクロポリスの丘を登頂しました。驚いたことに初夏にも関わらず、丘を登りきるとそこには人影一つありませんでした。


パルテノン神殿(BC447-438)。誰もいない神殿に出会えた奇跡的な時間(2007年6月21日)

そこにあるのは、パルテノン神殿、エレクティオン神殿と、そして一本の樹木。

世界で最も有名な世界遺産だといっても過言ではないこの場所に、自分が世界に独り取り残されたような感覚でした。これほど非現実的な風景は40歳になった今になっても他に出会ったことはありません。

しかし、これが本質的な姿だと直観しました。
なぜならば、当時のアクロポリスの丘は神官しか立ち入ることができない聖域であり、その神官としての体験へとタイムスリップしたのです。

また、丘の頂上は人に優しい空間ではありません。
真上から容赦なく降り注ぐ太陽の光はときに強く、ときには痛くも感じます。

アクロポリスの聖木
そのような丘の上には一本の樹木が植えられていました。その木陰がどんなに涼しいことか。木陰は温度が下がるため、周囲と温度差が生まれ風が流れ込みます。日差しを遮るだけではなく、風をも呼び込む一本の樹木。そのたもとには水栓があり、乾き切った喉を潤してるオアシスでした。

調べても調べてもこの木が植えられた経緯が書かれた本には出会えていません。(ご存知の方がいたら教えてくださいませ。)そこで私はこの木を僭越ながらアクロポリスの聖木と名付けました。

右手前にあるのが、アクロポリスの聖木

もし、2000年前にもこのように木が植えられていたとしたら、神官たちも神の神託を授かる前にここで涼をとったことでしょう。

古代ギリシア時代の「哲学」がφιλοσοφια(philosophia→philo-=愛する+sophia=知)」を意味することから、「自然を愛し、知る」と教えてくれたのは、早稲田大学の矢内義顕先生でしたが、アクロポリスの丘はまさに現代でも古代ギリシアの哲学を体感できる最高の舞台だといえるのだと思います。

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